「今の社会は、生きていくのに気を張らないといけない」第三の場・ワークルをつくった理由 ── 町塚俊介

「今の社会は、生きていくのに気を張らないといけない」第三の場・ワークルをつくった理由 ── 町塚俊介

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都市生活者には三つの“居場所”が必要だといわれます。第一の場である「家」、第二の場である「職場」、そしてその両者での役割から解放され、新たな人間関係の構築、情報収集に役立つ場所として注目されているのが、第三の場である「サードプレイス」です。

日本では、コーヒーショップチェーン大手のスターバックスコーヒーが同社のコンセプトに「サードプレイス」を掲げたことで、広く知られるようになりました。

今回は、まさにそんな「サードプレイス」としての役割を果たす、社会人版のサークル『ワークル』を運営するLifenote代表・町塚俊介さんにお話を伺ってきました。

現代人が抱えがちな悩みの正体と、それを解決する可能性を秘めた「サードプレイス」の重要性について、じっくり語っていただきました。

町塚 俊介(まちづか しゅんすけ)

株式会社Lifenote代表 人の持つ「らしさ」を促進する事を軸にキャリア支援を行う。慶應大学在学時、会社と家以外の第三の居場所として、組織を超えて問題意識で人が繋がるプラットフォーム、ワークルを立ち上げる。2015年3月大学卒業後、ワークルの代表を務めながらリクルートに入社。同社にて、兼業でシナジーを生む働き方を実践、社内表彰制度「新人ベストプラクティスコンテスト」にて最優秀賞受賞。そして同年10月、入社後6か月で会社を卒業、株式会社Lifenoteを創業。2020年までにワークルという働き方を、バイトの様に人々にとって欠かせない概念にするのが目標。

ワークルを始めるキッカケとなった原体験


▲「ワークル公式サイト」より

町塚さんは、なぜ「ワークル」を立ち上げようと思ったんですか?

町塚俊介(以下、町塚):原体験ということでお話しすると、大学3年のサマーインターンで体験した出来事と、その時期に出会った人から大きく影響を受けていて、その経験こそがワークルの原型を作っていると思っています。

僕は大学3年生のときに、あるIT企業が主催するインターンに参加したんですね。いわゆる、外資金融、外資コンサルに行くような、事業を作ることに関心のある学生が集まってくるような、そんなインターンだったんです。

学生の各チームに執行役員級1人、エース級の社員1人が3日間張りついて、ひたすらアイディアを出しては白紙にされる、みたいなことを繰り返す中で「思考体力」を見られるという内容だったんです。

僕はもともと器用だったので、最初はチームの中でもめっちゃリーダーシップを発揮していたんですけど、「出してはダメ、出してはダメ」を繰り返していくと、さすがに心が消耗してきてしまって。

そのときに、自分の中で「ある選択」を迫られた感覚があったんです。

ある選択…?

町塚:何かというと、「間違っているかもしれないけど、自分が良いと思っていることをメンバーに主張してでも貫き通す」のか、それとも「リーダーとして、チームを1歩前に進めたという点を評価されたいがために、あまり共感できないアイディアにでも乗っかることを選ぶ」のか、そんな二択が浮かんできて。

僕は当時、無意識的に後者を選択していて、あんまり共感してなかったんですけど、仲間のアイディアに乗っかったんです。そうすると不思議なんですが、全然、自分事化できないので、急に議論にもついていけなくなり、自分だけが取り残されたような感覚に陥りました。

なおかつ、疲れて自分の思考も停止していたので、最後の方は資料すら作れなくなって仲間のお茶汲みしかしてませんでしたし、体の方にも「帯状ほう疹」が出てきたり……。

そんな経験を通じて、やっぱり自分の心に正直に従わないと、結果として心も体もボロボロになるし、“小さなアリ”ほどの価値も発揮できないものなんだと学びましたね。

価値観を大きく変えた「動物のおじちゃん」との出会い

それはすごい経験でしたね…。その後はどうされたんですか?

町塚:一度、自分の中でリセットするために実家に戻ることにしたんです。それでその時に出会ったのが「動物のおじちゃん」と呼ばれる人で。

この人は何者かというと、めだかとか、カブトムシとか、クワガタとか、そういう昆虫が大好きな人で、それを育てて売るというビジネスをしている人なんです。僕が小さい頃から地元の静岡で何度か会ったことがあるんですけど、たまたまその時実家の近くでお会いしたので、「お久しぶりです」と声をかけて少し話をしたんですね。

その人は、パッと見のんびりとした雰囲気の人なんですけど、実は元々、進学校の静岡高校から早稲田の政経、野村證券という、キレイなキャリアを歩まれている方で。今はそこから会社も辞めていて、くたびれた風貌というか、爪も真っ黒、髪くしゃくしゃ、シャツはよれよれみたいな、そんな感じなんですが。

それにも関わらず、今育てているめだかの話をしている時は本当に目をキラキラ輝かせながら、すごく楽しそうに話をされるんです。

「めだかを育てる」といっても本当に地味な作業の繰り返しで、彼いわく「赤く、ぷっくりした、新しい種類のめだかを作りたい」とのことで、そのためにはここにいる種類と、ここにいる種類のめだかを交配させて、というのをひたすら繰り返していかないといけないわけなんです。

もちろんその過程の中では、当たり前のようにたくさんの“失敗”を繰り返していくわけで。

僕が先ほどお伝えしたインターンでの失敗って、自分では本当に穴に入りたいくらいの失敗なんですが、その「動物のおじちゃん」にとっての失敗は全然辛いことではなくて、むしろ成功に近づいているイメージがどんどん湧いてくる、“楽しい経験”なんだそうです。これは、なるほどなと。

心からやりたいことに従っていると、失敗はただの失敗じゃなくて、「冒険のプロセス」でしかないんだなって。

そういうことを感じて、なぜ自分ができなかったのかもわかりましたし、こういう本当に目がきらきら輝いている「冒険家」のような人たちを増やしていきたい、自分もそうなりたいし、もっと自分の心にちゃんと従おうと思ったんです。

それがワークルを始めようと決意したタイミングで、原体験になっています。あのときに彼に出会ってなかったら、今のワークルはなかったと思っています。

ワークルが空中分解した時点で決意した、起業

▲ワークルの活動中の一コマ

その原体験をもとに、その後は「冒険家のような人を増やしていこう」というビジョンに共感する人を、集めていったわけですよね?

町塚:そうですね。実はそこから、今のワークルのかたちになるまでは、相当、試行錯誤があるので端折るんですが(笑)当時は、プロジェクトベースの働き方がもっと当たり前になると考えていたので、Wantedlyのプロジェクト版みたいなものを作ろうと考えていたんです。でも、当時はパラレルキャリアの様な考え方もまだ馴染みのなかった時代なので、あまり理解されず…。

僕もその頃、新卒でリクルートに入社して間もないタイミングでしたし、一緒に活動してくれていたメンバーも社会人1年目でしたので、みんな忙しい。せっかく時間を割いてくれているにも関わらず、ワークルとしてはあまり前進しない状況でしたので、みんなフラストレーションが溜まっていました。

その結果、社会人1年目の7月くらいのタイミングで一度、メンバー全員が空中分解するような状況に陥ってしまったんです。僕はそのタイミングで起業を決意するんですが。

「そのタイミング」で起業を決意!?

町塚:はい。もちろんワークルの活動を諦めるという選択肢もあったんですけど、自分が旗印を掲げたことによって、そこに乗っかってくれた仲間がいる。にも関わらず、苦しい思いや、イライラした感情を持って解散することになってしまうのは、本当に申し訳ないなと。

結局は、「旗を掲げるヤツが本気でやる」というのが一番大事なんだなということを痛感して、そこはもう本当に“完全なる逆境”での起業ですよね。

ワークルがあったからこそ獲得できた「新人賞」

すごいですよね。普通に考えたら、社会人1年目って会社の仕事を覚えることで精一杯だと思うんですが、同時に自分で立ち上げた活動を進めて、最終的には起業。さすがに、会社員時代は学生の頃よりワークルの活動は抑えていましたか?

町塚:いや、結構動いてましたね(笑)僕はリクルートの1年目の時に「新人ベストプラクティスコンテスト」という社内表彰制度で最優秀賞受賞をもらえたんですが、それは本業とは別にワークルをやっていたからこそ取れたと思ってるんです。

やっぱり、僕がリクルートの名刺を持ってお客さんと関係を築いていこうとすると、結局は、その会社の1年目という見られ方をしてしまいます。

でも、町塚俊介・個人として関係性を構築すると、お互いの人となりや、想いの部分で繋がることができる。それによって、一般的な1年目の社員では決して繋がらないような人とも本当にたくさん繋がることができ、それが社内で評価される斬新な取り組みに繋がったんです。

肩書きや階層構造、競争関係もないので、すごく自由でいられるし、深い関係性を築くことができる。まさに、僕自身も「サード・プレイス」ならではのメリットを数多く享受してきたと思っています。

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