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【宮崎県アンバサダー】ヤマメに人生を狂わされた男、長友智紀

【宮崎県アンバサダー】ヤマメに人生を狂わされた男、長友智紀

【宮崎県アンバサダー】ヤマメに人生を狂わされた男、長友智紀

皆さんこんにちは!宮崎県のアンバサダーに就任しました長友智紀といいます。
今回は、いわゆる『限界集落』という珍しい環境で生まれ育った経験を踏まえつつ、自己紹介をしていきます!

長友智紀(ながとも ともき)

1995年宮崎県の秘境生まれ。小さいころから捕まえていた魚『ヤマメ』に惚れ込み、その研究をするために北里大学 海洋生命科学部に進学。職業:養鶏農家。趣味:読書、筋トレ、ラグビー、渓流釣り等々。

自分の村を無くさないためにも地域おこしを

僕は宮崎県の南郷村(現・美郷町)の鬼神野という、人口400人程度の地区で生まれ育ちました。典型的な限界集落で、子供でも分かるくらいの速度で過疎化が進んでいました(泣)。

どんな感じの場所かというと・・・

・小学校は入学時全校生徒が42人で卒業時には28人(父の時代は1学年30人)
・卒業の5年後には閉校
・中学校は40年間で8個あった部活が2つにまで減少

部活が2つしかないってイメージできますか?男子は野球で女子はバレーしかないんです(笑)。地域では近所の家が一軒、また一軒と空き家になっていき、お祭りの子供神輿を担ぐことができなくなるという過疎っぷりです。
しかしそのおかげか中学生になる頃には、『地域おこし』を意識するようにはなっていました。

『渓流釣り』って地域おこしに使える!と気づいた中学生

『川を中心に環境を保全し、生態系サービスを利用した地域おこしを』

これが僕が中学生の頃に考え付いた地域おこしのスローガンです。ざっくりと中身を説明すると、「ゾーニング管理によって釣りのしやすい川を作り、放流に頼らない増殖方法で魅力的な魚を増やし、最終的には不要な河川工作物を取り除くことで、釣り客を増やし地域おこしに河川を利用する」というものです。

「何言ってんだこいつは?」と思った人もいるでしょう(笑)。
具体的にどうやって地域おこしをしていくか、中学生ながらに考え付いたのがこのマニアックなスローガンでした。そしてこの目標は大人になった今も続いています。僕は幼少期から好奇心旺盛で、昆虫、宇宙、歴史、地図、恐竜など多様な知識があったから、こんなことを考えついたのかもしれません。なお、この性格が災いし中学生の時に出会いハマった『ヤマメ』という魚に人生を狂わされてしまいます。

事の発端は中学生の時に骨折で入院し、暇つぶしで釣り雑誌を買ったことです。ヤマメは幼いころから川に潜って捕まえていた馴染みある魚なのに、プロのカメラマンが撮った写真に一瞬で魅了されちゃいました。骨折が治ってすぐに釣り道具を買い、1か月後には美しく写真を撮ろうとデジカメまで買っていました。これにてヤマメ変態が誕生します(笑)。

渓流釣りにハマるにつれて、村外から釣りに来ている人と交流するようになり、ふと思いつきました。
「あ、渓流釣りって地域おこしに使えるじゃん」って。
そこから、
「じゃあ漁協を乗っ取る必要があるな」
        ↓
「そのためには専門の知識をつける必要があるな」

というそんな軽いノリで決めた目標を中学高校で見失うことなく、北里大学 海洋生命科学部に進学しちゃいました(笑)。

ちなみに僕が所属した研究室の教授は、僕をヤマメの世界に引きずり込んだ最初の釣り雑誌にて記事を掲載していた人です。好きなものを追いかける事に関しては執念深いというかストーカーというか…。

卒業後実家に帰ると、奇遇な縁で宮崎大学にてヤマメの研究をしている教授と知り合い、研究のお手伝いとしてヤマメのサンプル提供をすることになりました。
ここまで偶然も重なるとヤマメ変態というかヤマメに憑りつかれているのかもしれません(笑)。

人との縁が作ってくれた『地域おこし』と『Fledge』との出会い

そんな僕が大切にしているものの一つが人との出会いです。
昔から図らずして運だけで多様な人と知り合うことが多かったので、そのような考えになったのだと思います。

地元に帰ってきたらヤマメ研究の先生と知り合い、そこから腕のある釣り師と釣行を共にするようになり、地元にウナギ研究の第一人者の教授の研究施設ができ、一緒にお酒を飲む関係になりました。そして、ラグビーのクラブチームに入れば昔テレビで見ていたトップレベルを経験した選手とチームメイトになったりと。

地元の漁協組合長は、父と高校時代一緒にラグビーをしていたので、昔から知り合いで僕みたいな若造の意見を聞いてくれて、おかげで今年は漁協の広報になり、来年度は理事になることが決まっています。

また『Fledge』の運営に関わっている1人が大学のラグビー部の仲間だったことは最高に幸運だったと思っています。その縁がきっかけで宮崎県アンバサダーになることができました!

今後は地元愛で地域を盛り上げつつ、『Fledge』から宮崎県の発信をしていけるよう努力していきます!