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ラガーマンからテノール歌手へ?!ドイツ・ミュンヘンで活躍する、日本人声楽家──髙木太郎

ラガーマンからテノール歌手へ?!ドイツ・ミュンヘンで活躍する、日本人声楽家──髙木太郎

ラガーマンからテノール歌手へ?!ドイツ・ミュンヘンで活躍する、日本人声楽家──髙木太郎

ドイツはミュンヘンにやってきました。ドイツときくと、「ビール」「ソーセージ」「サッカー」というキーワードが真っ先に私の頭に浮かんできましたが、実はここミュンヘンは、音楽都市。モーツァルトやマーラーなどの多くの音楽家が活動したことでも知られ、中世の街並みを残す市街地には、バイエルン国立歌劇場をはじめとする数多くの劇場があります。

せっかくこの地に来たのであれば、音楽に関わりのあるお仕事をされている方にインタビューをしたいところ。

そこで色々調べてみると、面白そうなブログを発見!『日本人テノール歌手で、大のビール好き』そんなギャップにグッと来て、取材をさせて欲しいとお願いしたのが、今回インタ ビューさせていただいた髙木太郎さんです。テノール歌手という少し特殊な職業、ドイツに来るまでの経緯や現在の働き方について、ビールを片手に伺って来ました。

髙木 太郎(たかぎ たろう)

ドイツ/ミュンヘン ドイツ・バイエルン放送合唱団(BR-Chor) 専属テノール歌手 千葉県出身。東京藝術大学および同大学院を修了後、単身オーストリアへ。ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学にて5年間、さらに学びを深めた後、ドイツのワーキングホリデービザを取得。ドイツの公共放送局であるバイエルン放送合唱団に所属し、現在は芸術顧問も務めている。

きっかけは音楽のテストの時間に

今日はお忙しい中本当にありがとうございます。ではまず、今日の出会いにカンパーイ!!
お仕事場は、このミュンヘン中央駅のお近くなんですか?

髙木 太郎(以下、髙木):カンパーイ!そうそう、ここからビルが見えるくらいの近さですよ。バイエルン放送合唱団というところで声楽家として働いていて、日本でいうNHK、ドイツの公共放送ですね。

そうなんですね!それでは早速、音楽の道に進まれたきかっけから教えてください。ご両親が音楽に関係があったとか?

髙木:そう思われがちなんですが、全然。父も母も全く音楽には関わりがないんですよ。

そうなんですね。音楽の道って、少し特殊で狭き門といったイメージがあります。そういったキッカケがなく、では、どうやって?

髙木:実は、高校の音楽のテストで、歌声を褒められたことがキッカケなんです。それまではずっとラグビーをやっていましたから、体育会系でした(笑)

ラグビー選手から声楽家!すごい転身っぷりですね!

髙木:ハハハ。部活を頑張るごくごく普通の高校生をやっていましたね。みんなと同じように、学生生活は部活に専念して、部活が終わったら浪人して大学進学するんだろうなと思っていましたから。

それが、高校2年生の時、音楽の授業でテストがあって、そのテストの中に歌を歌う項目があったんですよ。そのテストで歌ってみたら、先生に褒められたというわけです。しかも、「髙木君、音楽の道に進んだほうが良いよ」って言われて。

当時の若い多感な時期の僕には、「歌手っていいかも!モテるんじゃないか!?」なんて、そんな軽い気持ちで歌の道を進むことに決めたんです(笑)

テストがきっかけだったとは!でも、褒められたりすることで、自分に気づくってこともありますものね。

髙木:そうかもしれませんね。それからずっと、音楽の道をひたすら歩んでいます。

大学は東京藝術大学の声楽科、そして大学院に進み、修了後は、さらに学びを深めるために、オーストリアに留学しました。当時従っていた師匠にアドバイスをもらったこともあり、クラシック音楽を深く学ぶにつれて、「どうせなら本場がいいのでは?」と考える様になったというのが一番の大きな動機です。そして、ロータリー財団(※)奨学生に応募。無事に奨学生として合格し、ドイツのお隣、カンガルーがいない方の国、オーストリアに飛んできました。

※ロータリー財団・・・正式名称は「公益財団法人ロータリー日本財団」。世界理解、親善、平和を目的とし、ロータリー平和フェローシップ等の奨学金を提供している。

よく間違われますよね(笑)
オーストリアの大学はどうやって選ばれたんですか?

髙木:普通では考えられないと思うんですが、音楽の世界って少し特殊なんです。指導してもらいたい先生を自分で探して、その先生について、勉強させてもらうんですね。

だから、進学先が決まってからオーストリアに飛んだのではなく、先にオーストリアに飛んでから学校探しでした。

まずは、教授室の扉を自ら叩き、レッスンの様子を見せてもらうんですね。それで自分に合いそうだなと思ったら、そこで試しにレッスンを受けさせてもらうんです。それで双方の意志が合致し、入試にパスできれば、そこの学校に通うという流れです。

僕はそれでたまたまオーストリアのザルツブルクというドイツにほど近い街で、ラッキーなことに教授が見つかったので、すぐにそこに決めて、オーストリアでの学生生活が始まりました。

再び大学5年間、そこでみっちりと学びましたね。

フリーの声楽家としてのワーキングホリデー

その後就職という流れになるんでしょうか?

髙木:そうなんですが、学生ビザが切れてしまう前になんとか仕事を見つけないと日本に帰らなくてはいけなくなる。特殊な仕事にもなりますし、仕事として働ける場所が見つけられたとしても、ビザの発行はまた別問題。ではどうしたらいいだろうか・・・と頭を悩ませていたのが、30歳の時でした。

そんな時、たまたまドイツのワーキングホリデー申請の年齢制限が30歳から31歳に引き上げられたんですよ。これもまたラッキーでしたね。

それを知った僕は、「31歳の誕生日までに申請して、何が何でもGETしなければ!」と、オーストリアのザルツブルクからドイツのミュンヘンの外国人局に出向きました。それで、晴れてワーホリビザを取得。そこからドイツでの就職活動が始まりました。

その時に、拠点をオーストリアからドイツに移されたんですね。

髙木:そうです。声楽家の所属先といえば、劇場に所属してオペラを歌うというイメージが強いかもしれませんが、僕には大きな声を出して歌うオペラよりも、繊細な曲を歌う方が向いていたので、そういった場所に絞ってオーディションを受けていました。

その中で、これまたラッキーで有難いことに、いまの所属先であるバイエルン放送合唱団で働けることになったんです。

ラッキーというのは、見つけるのがとても大変ということですよね?

髙木:そうですね。自分の歌声と応募先のコンセプトがマッチするか、そしてマッチしたとしても、自分のパートを募集しているかどうかということも関わってくるので、なかなか容易では無いかもしれません。

実は、僕が当時もらえたポジションは10年間誰もいかなった席なんです。たまたま僕の声と合唱団の意図がオーディションのタイミングで一致した。本当に運が良かったなと思いますよ。

髙木さんのプロフィールを拝見すると、他にも所属先があったと思うのですが、それはどのような形ですか?

髙木:そうですね。バイエルン放送合唱団は1年間準団員として所属していたのですが、それから何回かオーディションを受けて、現在は正団員として歌わせてもらっています。それと平行してケルンとシュトゥットガルトにある放送合唱団でも活動していたので、そこでは今でも準団員として籍を置かせてもらっていますね。

芸術を生み出すのは、機械ではなく人間

髙木さんは現在、正団員であるバイエルン放送合唱団で、芸術顧問も努めています。

単なるメンバーではなく、まとめる立場にいらっしゃるんですね。

髙木:そうですね。ですから、コミュニケーションには、より気を遣うというか、できるだけオープンでいることを心がけていますね。みんな、すごくオープンでダイレクトなんです。外国人も分け隔てなく受け入れてくれます。もちろんその分、イジられたり叩かれたりする時は容赦ないですけどね(笑)彼らがそうしてくれる分、僕もそうあるべきだと。

もちろん人間だからオープンに振る舞う事ができないときもあるし、調子の悪い時は無理にする必要はない。そうやってわりと楽観的に考えていますね。

そう考えられるのにも、こちらの文化が関係していると思います。

それは、どういった文化ですか?

髙木:すごく、一人一人を人間として尊重する文化があるなって思うんです。

例えば、演奏会で歌わなくてはならない日に体調を崩してしまったとします。そんな時には、演目の始めに、「〇〇さんは今日体調不良です」って客席の方に向けてアナウンスするんです。

日本では考えられないかもしれません。

髙木:でしょう?お客様も「本番の日に何なんだ!」なんて人はいません。「人間だから仕方ないよね」そんな風に捉えていてくれているんです。もちろん体調悪い中でも、その上で最大限の歌を歌うための努力はもちろんするんですがね。

あと、最近歌えば歌うほどに思うことは、歌は心と結びついてるなということです。

声楽家というのは、バッハやモーツァルトなどの作品を声で伝えていく、無形の芸術。その作品を作った彼らと同じで、芸術というのは機械じゃなく人間が作り出すものです。

良い歌を歌うためには、スポーツと同じでフィジカルが良い状態である事と、いかにリラックスして、心が安定しているかが大切です。そのためにはできるだけ自分の心と身体に耳を傾けて、疲れていないか?無理していないか?今取り組んでいる楽曲は本当に自分に合っているのか?など、今自分が何を求めているのかを理解する。

それ以外に会社に所属できているということも、とてもありがたいことですね。僕が歌でパフォーマンスを発揮できるための安心材料の一つでもあります。

心の安定のために、髙木さん自身が心がけていることはありますか?

髙木:ありきたりかも知れませんが、やっぱり感謝することですね。さっきから「ラッキーだった、ラッキーだった」って言ってますけど、それは本当に運が良かった事に感謝しなくちゃならない。

どんだけ小さなことでも日々何かしらあるんです。感謝できることって。

誰かが席を譲ってくれたことへの感謝でもいいし、今日天気がよかったことへの感謝でも何でもいい。そしてその感謝を、ほんの少しずつでいいから周りの人に返していく。心の安定もそうですが、自分の人生を豊かにするのは、そんなことの積み重ねかなって思うんです。

あとは、オフの時にとことんリラックスすることですね。好きな事、例えばスポーツをする。スポーツしたら喉が乾くから、こうやって楽しんでビールを飲む。ビールを飲んでオープンになる。自分がオープンでいる事に努めていれば、周りに受け入れてもらえる確率だって上がる。そうやって、いい循環が生まれているんじゃないかなって思いますね。

編集後記

真面目な話が一通り終わったあとは、髙木さんが大好きなビールのお話、現在の奥様との出会いのお話など、色々な話に花が咲き、とても楽しい時間でした。
ドイツの働き方って日本と比べてどうですか?と質問すると、「僕は日本で働いたことはほとんどないけれど、長期休暇で日本に帰って友人と話しているとすごく羨ましがられますよ!」とのこと。働き方一つとってみても、一人の人間として尊重されているように感じました。

実は髙木さん、ドイツ在住の日本人音楽家の方とグループをくみ、多くの場所で歌われていて、日本凱旋もされているんです!日程が合わず、今回ドイツでは髙木さんの歌声は聞けませんでしたが、日本の劇場で髙木さんの歌声を聴ける日を、楽しみにしています。

そして、ビール好きなそこのあなた!髙木さんのブログをのぞいてみてくださいね^^

今日のビール、またはあるテノールの備忘録
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