スペインリーグへの挑戦。日本から遠く離れた小さな田舎町で奮闘するフットサルプレイヤー ── 本田拓磨

スペインリーグへの挑戦。日本から遠く離れた小さな田舎町で奮闘するフットサルプレイヤー ── 本田拓磨

スペインリーグへの挑戦。日本から遠く離れた小さな田舎町で奮闘するフットサルプレイヤー ── 本田拓磨

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スペインリーグに挑戦するフットサルプレイヤー本田選手を追いかけて、スペインの首都マドリードから電車で約1時間半、スペイン中南部のアルカサル・デ・サン・フアンという街にやってきました。30歳での挑戦。なぜ海外という選択をしたのか、そしてなぜこのタイミングでの挑戦なのか、試合を観戦し、その後お話を伺ってきました。

本田拓磨(ほんだ たくま)

スペイン ビジャヌエバ・デ・ロス・インファンテス プロフットサルプレイヤー 1986年10月23日、小樽市生まれ。静岡産業大学を卒業後、プロフットサルプレイヤーとして活躍。ジュビロ磐田フットサルクラブ(2008~2011)、DELIZIA磐田(2011~2012)、シュライカー大阪(2012~2014)、エスポラーダ北海道(2014~2017)を経て、2017年8月9日、スペインリーグ挑戦の為にマドリードに渡る。現在はスペイン中南部のインファンテスという地域のチームに所属。

もう、今しかない。30歳でスペインへ渡るという決断。

── 北海道のチームを退団して、単身スペインはマドリードへ。なぜ日本を出るという決断を?

本田拓磨(以下、本田):年齢的なことも含めて、「もう、このタイミングしかない。」そう思ってスペインに出てきました。

というのも、プロフットサル選手としてどうしても最後は地元である北海道でプレーしたいという思いがあって、27歳の時に大阪のチームから北海道のチームに移籍したんですね。でも、いざ選手としての終わりを考えるタイミングになってくると「本当にこれで終わっていいのだろうか?」と思うようになってきたんです。

── 選手を終えるにはまだ早いと?

本田:というよりも、フットサル選手を終えたあとのキャリアを自分の中でしっかりと描けなかった、というのが正しいかもしれません。だったら、まだまだやるべきなんじゃないかと。

── それでスペインに。スペインリーグはずっと前からの夢でもあったんですか?

本田:そうですね。やはり強豪が集う海外でのプレーに対する憧れというものが頭の中にはずっとありましたから。でもなかなかタイミングがこなかった。ここを逃したら、もう二度とプレイヤーとして海外にはこれない。そう思ったので、北海道のチームを退団してスペインに渡る準備をし、8月にマドリードに入りました。

日本の環境との違いを痛感する日々。


▲かつて、聖ヨハネ騎士団の拠点となっていたというアルカサル・デ・サン・フアンの街並み。

── 今日の試合のためにお邪魔した場所はマドリードから電車で1時間半ほどで到着しましたが、現在の本拠地はどこになるのですか?

本田:スペインに入ってはじめの2週間程はマドリードにいたんですが、今はここからさらに車で1時間ほど南下した、インファンテスというビックリするほどの田舎町です(笑)どのくらい田舎かというと、まず大都市からは車がないと来れない場所ですし、公共交通機関もありません。食材を買いに行くのにも一苦労です。もちろん、町に日本人は僕しかいませんよ。

── この町より遥かに田舎なんですね(笑)生活にも一苦労ですか?

本田:そう(笑)大変は大変なんですが、それはそれでフットサルに集中できますし、不自由も楽しんでやっています。

── フットサルの環境はいかがですか?

本田:こっちに来てビックリしたのが、体育館の床が日本のように木ではなくてコンクリートなのですっごく硬いんですよ。だからコケるとめちゃくちゃ痛い(泣)あと、塗装も違うらしくとにかく滑りやすい。なかなか日本と同じようには行きません。

当たり前ですが、一番苦労しているのは言葉と戦術理解。毎日が勉強です。

── スペインに来てみてご自身の中で変化していること、例えばプレースタイルや考え方はありますか?

本田:ドライヤーをかけなくなりましたね。

── え?ドライヤー?(笑)

本田:そう(笑)日本で気にしていたことを気にしなくなりましたね。

まぁそれはおいておいて、プレーはやっぱり全然違いますね。ディフェンス時の距離感がすごく近いので、瞬時の判断が求められます。日本でやっていた頃とはプレースタイルが違うので、早くそこに対応できるようにしていかないといけないですね。

言葉の壁なども含めて、多少の遠回りはプラスに考えています。

ゼロイチ。次のキャリアを見据えての新たな挑戦。


▲左一番手前、試合をベンチから見つめる本田選手。

── 今日お会いする前に、北海道のチームの退団インタビューを拝見しました。そこで、「3-4年で新しい決断をする」とありましたが、いつもそのくらいで人生設計を考えているんですか?

本田:自分の中でそんなに期間を明確に区切っているわけではないので、後から振り返ってみるとそうだったというのが正しいところです。でも、そうやって自分のサイクルをわかっておくと、次の決断がし易かったり、チャンスを見逃さないで済みますよね。

── だから今回もこのタイミングを見逃さなかった。この挑戦は、ご自身にとってどんな位置付けなのですか?

本田:次のキャリアを見据えての新たな挑戦という感じですね。とにかく経験を蓄積しに来た。だって、経験がなければ、今の自分以上のものは生まれてこないじゃないですか。僕には今、日本でのフットサル選手としての経験しかないんですよ。これからのことを考えた時に、それではあまりにも経験が浅すぎる。であれば、もう挑戦するしかないですよね。

── スポーツ選手の多くは20代前半で海外に渡っている方が多い印象なのですが、遅すぎるということはないのでしょうか?

本田:もちろん早ければより吸収できることが多くあるとは思いますし、これからという子供たちにも早いうちに挑戦するようにすすめます。
ただ、挑戦すること、新しい何かに取り組むことに対して年齢は関係ないですよね。それを理由に、目をそらすのは違うんじゃないかなと。だって、一度きりの人生じゃないですか。


▲試合中の本田選手。

── そういえば、ブログにこんなことも書かれていましたね。

これから夢を持ち挑戦を考えてる子供も多くいると思うので、プライベートで感じた部分などもできるだけ発信していき1つの情報源になり、選択肢の中に海外もある事を伝えれたらなと思っています。 (2017.08.09のブログ 「いってきます」より)


本田:海外への道というのは、僕の若い頃は無いとは言いませんが、やはり今に比べれば少ないですよね。でも今は海外という選択肢がより身近になってきていると思うんです。もちろん海外に行くというのが全てではないですし、他にもできる選択はたくさんあります。でも、きっと選択肢は多いほうがいい。僕が経験してきたものが、誰かの選択肢のきっかけになれば嬉しいですね。

── まだまだ始まったばかりだと思いますが、今後の展望を聞かせて下さい。

本田:もちろん所属チームとの兼ね合いになりますが、スペインで2〜3年は頑張るつもりです。次が見えていないからこそ、ここスペインに来ているので、これからじっくり考えていこうと思っています。

日本で積み上げてきたキャリアはここで一度リセットされます。スペインで僕のことを知る人は誰もいませんから。これから僕がやるのは、ゼロからイチをつくる作業です。この先どうなっていくのか楽しみですね。

 インタビューを終えて

この数日後、「無事にインファンテスとの契約締結しました!」との報告が!おめでとうございます!!(メインの写真は、その締結時の写真を送って頂きました。)

 本田選手と私は同じ1986年生まれの30歳。「このタイミングしかなかった。」という言葉で、私が世界に旅へ出る決意をした日のことを思い出しました。30歳という年齢には、何か不思議なパワーがあるのかもしれませんね。

英語も通じないスペインの田舎町で、たったひとり奮闘する本田選手。これからの活躍を楽しみにしています!

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