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「くだらないことこそ全力で」4代目建設会社社長の次世代を見据えた地域おこし

「くだらないことこそ全力で」4代目建設会社社長の次世代を見据えた地域おこし

「くだらないことこそ全力で」4代目建設会社社長の次世代を見据えた地域おこし

栃木県那珂川町で大正9年に設立し、100年以上の歴史を持つ鈴木建設株式会社。風の噂では社長が地域おこしの一貫で、一風変わったおもしろい活動をしているのだとか。一体どういうことなのか、社長の鈴木雅仁さんを直撃してみました!

鈴木雅仁(すずきまさひと)

鈴木建設株式会社の4代目代表取締役社長。趣味は地域おこしと旅行。ピザ焼きボランティア隊員。那珂川町のどこかに突如出現する『どこでもドア』の職人。

第12回
「くだらないことこそ全力で」4代目建設会社社長の次世代を見据えた地域おこし

建設会社がピザ焼き?つながりの中で実現する地域活動

鈴木建設さんは地元出身の若い社員さんも多数いらっしゃるそうですね。会社として、若い人に魅力を感じてもらえるような取り組みを何かされているのですか?

 

鈴木雅仁さん(以下、鈴木)「いや〜・・・特に何もしていませんよ」

 

では、高校のほうへ会社説明会に行ったりとかは?

 

鈴木「そういえば、昨日は馬頭高校の水産科でピザを焼いていました」

 

ピザ焼き!?なんでピザなんですか!?

 

鈴木:「あ・・・言っちゃった。実はもう20年くらいボランティア活動でピザ焼きをやっているんです。

なんでそうなったかというと、建設の現場で解体していると大谷石(おおやいし)が出てくることがあって。処分しちゃうのはもったいないので、それで石窯を作ることになったんです。大谷石は中に空洞がたくさんあるので熱を保ちやすく、ピザ窯には適切な素材だったんです。

 県産材で作ったこのピザ釜を持って、いろいろなところを回って地域おこしを始めたら、徐々にお声がけいただくことも増えていった、という感じです」

 

鈴木さん、まさか生地もこねているんですか?

 

鈴木:「余裕があれば作ります(笑)。前日練り込んで保存して発酵させて・・・という時間はなかなか取れないので、今は那須烏山市にある『あすなろパン工房「風」』という障害者福祉施設が運営するパン工房に頼んで作ってもらっています」

 

地元の方々とのつながりの中でピザ焼き活動も実現しているのですね。

 

鈴木:「コロナが落ち着いてくればまたイベントに参加したりできるので、福祉施設にも還元できるし、売り上げの一部はその主催者側に寄付したりなど、さまざまな形で地域とのつながりを広げていければと思っています」

 

実は噂で、鈴木建設さんが建設業とは全く関係ないおもしろいことをたくさんやっていると聞きました(笑)。

 

鈴木:「たしかに、関係ないことばっかやっているのかもしれないですね(笑)。でも、くだらないことの中にこそ、地域の活性化につながることっていっぱいあるんです。それにボランティア活動をしていると、そこから仕事につながることも多いですよ。

 あと工事現場で鈴木建設と書いてあったら「じゃあしょうがない、我慢してやろう」って思うかもしれないし。そんなふうに町の人が気にかけてくれるだけでも全然いいんですよね。

地元に世話になって生きている会社なので、何かしらのかたちで恩返ししたい思いはあって、それがどんなかたちでもいいと思っています」

「地元のために行動したい」議員時代の葛藤が原動力に

鈴木さんが那珂川町のために活動をするようになったきっかけは何だったのでしょう?

 

鈴木:「30代の頃、町の議員をやっていたんですよ。それで地域をどうしようって議論するんですけど、議論だけではなかなか進まなくて、それなら実際に自分たちでやっちゃおうって思ったんです」

 

そうなんですか!?どういうことか詳しく教えてください!

 

鈴木:「今思えば、衰退していく那珂川町を何とかしよう!っていう思いが強くありすぎたなと思います。いろいろやってきたつもりでしたが、実際は自分が思った通りのものを作り上げるのはむずかしかったですね。

 

そんな中で、大きな議題を取り上げているよりも、自分のできる範囲のことをやっていくほうが、地域おこし的には良いのかなって。議会で政策のことを話しても、町の人々の生活はもっと現実的だし身近なものだと感じて、そこに寄り添った活動をしていきたいと思うようになりました。

立場としては政策がスムーズに行われていくための、つなぎのような役割を担っていければと思っています。たとえば行政で新たに何か始めましょうというと、予算も時間もかかるし、担当者が変わると話がまた元に戻ったりするでしょう。だったら民間の僕たちが新しい何かを生み出して軌道に乗ってきたところで、行政の助成金を活用させてもらうとか」

 

そのほうがより多くのことが実現できる気もしますね。

 

鈴木:「少なくとも自分で動けるうちは口だけの評論家みたいにならずに、やれる限りのことをやっていきたいです」

 

そいえば鈴木さんの作った『どこでもドア』が那珂川町では話題になっているそうですね。なぜ、どこでもドアを?

 

▲那珂川町の各所に出現する『どこでもドア』(鈴木さんのInstagramより)。

 

鈴木:「今はコロナで全然旅行に行けないけれど、どこでもドアが現れたら瞬間移動でどこへでも行けるかもって夢を持てそうですよね。しかも、子供からお年寄りまでみんな知ってるじゃないですか。僕はこのどこでもドアを使って、那珂川町の春夏秋冬の名所を巡ることができるPR動画を作りたいと思っているんです」

 

ドアを開けたら次々と那珂川町の素敵な場所が現れるんですね!

 

鈴木:「そんなアホなことをいっしょにやる仲間は増えていて、みんなすごくいきいきしていますよ(笑)」

那珂川町に興味を持ってもらうための仕掛けづくり

この先那珂川町がどういう街になっていってほしいと思いますか?

 

鈴木:「人口が増えてほしいっていうのはもちろんあります。でもだからといって、よそからどんどん移住してもらおうとか、出て行った人が戻ってきて定住してもらうのを目的に活動しているわけではありません。

 

何か小さなことでも他とは違った楽しみ方ができる地域になって、地元出身者が少なくとも故郷を忘れないでいてくれて、シーズンになったら家族や友達連れて行ってみようとか、年を取ってからでも遊びに行ってみるか、となるきっかけになるかもしれません。そういうものをこれからも作っていきたいですね」

 

鈴木建設さんにはそういったアイデアがいっぱいありそうです。

 

鈴木:「那珂川町は変わった役場職員とか変わった特技がある人とかがいっぱいいるんです。あ、変な意味じゃなくてね(笑)。他の地域とちょっと違った取り組みをしてるっていうのがこれから興味を持ってもらうためには大事なキーワードの一つなのかなと思います」

 

では最後に、鈴木建設のこれからの展望についてお願いします!

 

鈴木:「那珂川町で100年続いてきた会社ですから、これからも地元に根付いた会社でありたいですね。やっぱりみんなこの町が好きなんです。だから人と人とのつながりを大事にして、若い世代にも広げていきたいですね。僕たちの世代ができる限り行動することで、10年後、20年後この町はもっと活気のあるおもしろい場所になっていると信じています」

一見、仕事や地域おこしとも関係のないように思えることでも、真剣に全力で取り組んでいる鈴木さん。でも大人が真面目におもしろそうなことをやっている姿ってなんだかちょっとかっこいい・・・。そんな活動でのつながりが、どんどん増えているのだという鈴木さんのお話を聞いて、那珂川町の未来はきっと明るい、そう感じた今回の取材でした。

そんな鈴木建設では一体どんな人が働いているのでしょうか。63歳で横浜市から栃木県に移住し鈴木建設に就職した尾上さんに、仕事内容や地域での暮らしについてお聞きしました。

尾上幸生さん・・・神奈川県横浜市出身。土木建築系の仕事に40年以上携わり、2017年に家族で横浜市から栃木県に移住。那珂川町の鈴木建設株式会社の工事部で現場監督をしている。

67歳でバリバリ現役!移住後も続けている現場仕事

鈴木建設はどんな職場ですか?

 

尾上幸生さん(以下、尾上)うちの会社は年間で週休二日の体制をとっていて福利厚生がしっかりしています。一番最初にこっちに移住してきたとき、一応職業安定所でいろいろな求人情報を見たのですが、他と比べても年間休日日数が結構多いんです。

 

業界的に有給や代休が取りづらい会社もありますが、こちらの意向でちゃんと取らせてもらえるしそういう部分がしっかりしてるなって思いますね」

 

お仕事としては、どういうことをしているのでしょう?

 

尾上「現場の管理ですね。現場の写真撮ったり測量したり、図面を起こしたりとか。あとはマネージメントみたいな感じですかね。

 

今監督をしている現場は、古い橋を撤去して新しい橋をかける工事をやっています。昨年12月から本格的に工事にかかり始めて6月中には終わって別の業者が引き継ぐことになっています。

▲新しい橋を建設している現場。

都心部から田舎へ。移住後のギャップは?

60年以上横浜市にいて、5年前になぜこちらに移住されたのですか?

 

尾上「娘の夫が栃木県出身なんですよ。しばらく東京や横浜市に住んでいたんだけど田舎に戻りたいというので、子どもを育てる環境としてもそっちのほうがいいんじゃないかと思ったんです。

 

いっしょに住むことになって栃木県の県北エリアで物件を探したら、土地がすごく安いんですよね。横浜市とはゼロが一つ違うくらい。それで良い土地があったからそこに家を建てることにして、横浜市の土地と家を処分してこっちにきたわけです」

 

こちらで悠々自適に暮らす、という感じではなく仕事を続けたのはなぜだったのですか?

 

尾上「ゆっくりし過ぎるとボケちゃうからね(笑)。買った土地が新興住宅地のようなところなんだけど、そこの開発に関わっていたのが今僕が働いている鈴木建設なんです。仕事をこっちで探そうかなと思っていたらところに、「近くにこういう会社があるから面接に来たら?」と紹介を受けて、それがきっかけでした」

 

都心部からこの土地に来てどんな違いを感じましたか?

 

尾上「こちらの夏は本当に涼しいと思いました。緑の木を抜けてくる風っていうのは、なんとも清々しくて気持ちが良いですよ。こっちに引っ越してきて最初の夏は、エアコンを買わなかったですね。

 

生活にもそこまで不便さは感じていなくて、意外とスーパーも多くて車さえあれば生活には困りません。栃木県の中でも那珂川町は本当に自然が豊かなところで、移住してきた頃は仕事の現場に行くのでも、どこへ行くのでも観光地にいるみたいな気持ちでしたよ」

休日の楽しみが尽きない!暮らしの魅力

休日はどんな過ごし方をされているのですか?

 

尾上最初の頃は週末とか暇なときに、妻といっしょに県内の道の駅を全部回りましたね。最近では温泉にハマっています。那珂川町には穴場的なスポットがまだまだたくさんあると思うので、発掘していくのが楽しみです」

 

お孫さんもいっしょに暮らされているということですが、お孫さんにとってはこちらの暮らしはどうなのでしょう?

 

尾上「孫の運動会に行ったときに他とはちょっと違うなと思ったことがありました。こっちはグラウンドが広いじゃないですか、その周りで家族がテントやタープを張ったりして屋台まで出たり、すごく楽しいんですよ。子育てする環境としてものびのびとしていていいと思います。子どもの数自体も少ないですから先生たちも一生懸命に見てくれるし。こっちの学校はスクールバスで送迎してくれるところもけっこうありますからね。これはかなり親御さんにとって助かると思います」

 

暮らしの面での魅力はどんなところでしょう?

 

尾上「野菜が本当に新鮮で、娘が道の駅で買ってきたレタスをサラダで出してくれて「何これ!」って言いましたよ(笑)。それくらい新鮮でおいしいんです。普通に農家さんから市場に出て、市場からスーパーへってやっていると3日くらい経ちますが、ここら辺で売ってるのは朝採りのものもあります。一見普通の食堂でもお米を食べるとみんなおいしいし。やっぱり水も良いからね。

仕事をしているのでゆっくり田舎暮らしっていう感じでもないんですが、週末に妻と出かける機会は増えました。あとは窓を開けたときの景色が横浜市とは全然違ってね、ふとした瞬間に良いなって思うんです。まだまだ行きたい場所がいっぱいあるので、じっくり楽しみたいと思います」

尾上さん、ありがとうございました!

都心部での生活と田舎での生活、そのどちらにも違った楽しさがあると思います。大事なのはひとつの価値観に縛られずに、自分に合った生き方を柔軟に選ぶこと。それができれば楽しく生きることができて、そこには年齢や職業は関係ないのだな、と尾上さんのお話を聞いて感じました。

 

第12回
「くだらないことこそ全力で」4代目建設会社社長の次世代を見据えた地域おこし