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「自分でコントロールできない所に面白さがある」ベルリンのスタートアップで働くベリーダンサー──中野汐里

「自分でコントロールできない所に面白さがある」ベルリンのスタートアップで働くベリーダンサー──中野汐里

「自分でコントロールできない所に面白さがある」ベルリンのスタートアップで働くベリーダンサー──中野汐里

こちらの記事をきっかけに出会ったしおりさん。ベルリンの駅前で待ち合わせてお会いするのは、このインタビューがはじめまして。どうしてもドイツに来たい!という夢を叶えて、ベルリンでベリーダンサーとして活動しながらスタートアップで働いているそう。ベルリンらしいお店に連れ出してもらい、ドイツに来るまでのこと、これからのことについて伺ってきました。

中野 汐里(なかの しおり)

ドイツ/ベルリン スタートアップ企業勤務 マーケッター 神奈川県出身。オーストラリアへの留学を機に海外に興味を持ち、アルバイトをしては海外旅行へ繰り出す学生生活を送る。マルタで出会ったドイツ人の友人をキッカケに、いつしかドイツで働くことを夢に、大学卒業後は専門商社で営業職に3年半従事。退職後は単身トルコへ渡り、趣味であったベリーダンスを学ぶ。帰国後は日本でベリーダンス講師を1年間勤めるも、ドイツ行きの夢を追いかけて、ワーホリビザを取得し、ドイツはベルリンへ。スタートアップ企業で働く傍ら、ベリーダンサーとしても活動している。

ドイツとの出会いは、地中海のど真ん中、マルタ共和国で

現在はベルリンでどんな仕事をされているんですか?

中野 汐里(以下、中野):今は、ベルリンを拠点とするリーガルテック分野のスタートアップ企業でマーケッターとして働いています。いつかはドイツで働きたいと思い続けていたので、念願のドイツ暮らしです。

そうなんですね!それでは、ドイツに辿り着くまでのことを教えてください。

中野:私にとっての初めての海外は、大学1年のオーストラリアへの交換留学でした。その時に、「世界は日本だけじゃないんだ!」って思ったのを、今でもよく覚えていますね。それってすごく当たり前のことだし、頭では分かっているものの、自分の目で見て肌で感じて体験するのとは全然違うじゃないですか。
その留学経験をきかっけに、どんどん海外に対する興味や憧れが深まって行きましたね。それ以降、大学在学中はアルバイトをしては海外旅行に行くという学生生活を送るようになりました。

学生の時に、たくさんの海外経験をしているわけですね。

中野:そうですね。もう、とにかく海外が楽しかったんです。
大学の夏休みなどを使って韓国、台湾、フィジーなど近場で旅行に行きましたが、やはりまた留学がしたいと思いました。そして大学2年の春休みに今度は、旅行ではなく3週間の留学。

ちなみに行き先はどちらへ?

中野:地中海のど真ん中、マルタ共和国です。

マルタ!大好きな国です!

中野:とても素敵な場所ですよね。マルタって、ヨーロッパ諸国の人々が夏を楽しみに来る場所であり、第一言語を英語としない国の学生たちが英語を学びに来る場所でもありました。とりわけドイツからの留学生が多く、そこでたくさんのドイツ人の友人ができました。

だんだんと仲が深まって行くにつれて、それぞれの母国語のランゲージエクスチェンジをするようになって、ドイツ語を少し喋ってみたりしていたんです。そうしたら、「しおり!君のドイツ語の発音は素晴らしいよ!ドイツに来るといい!」そんなことを言われて、なんだか私もすごく乗り気になっちゃって(笑)

そこでドイツに出会い、ドイツ熱が出てきたんですね。

中野:そうです。そうやってドイツ熱が高まって帰国。そして就職活動の時期に入りました。

目前で白紙になったドイツ行き

中野:海外、特にドイツで働きたいという想いはあったものの、自分の進路を考えた時に、一度は日本人として日本で働いておく経験は欲しい。そう考えて、日本で就職活動をはじめました。もちろん、その就職活動の企業選びの軸はドイツです!

ドイツを軸にどんな企業選びをしたんですか?

中野:日本企業に勤めながらもドイツに行ける会社がいい!と思っていたので、ドイツに支店を持つ会社だけを受けていましたね。その中で、ドイツに拠点を持つ専門商社に内定を貰って、そこで働くことに決めました。

就職活動を終えてからは、毎日朝から晩まで大学の授業に出席し、バイトでお金を貯めて、単位を取り切って半年早く早期卒業をしました。就職前にドイツに短期留学に行くためです。

そして3か月間ミュンヘンでドイツ語学校に通いました。正直そのままドイツで働きたいという想いはあったものの、内定先の社風が良く、働いてみたい会社だったため、やはり一度は日本で働こうと決めて帰国しました。

営業職として入社してからは、とにかく成績を残せるよう一生懸命働いて、「ドイツに行かせてください!」と言い続けていましたね。

そして、3年経ったある日、ドイツ支社から声がかかったんです。「やっぱり願い続ければ夢は叶うんだ!」って、もうルンルンですよね。もう、頭の中はドイツ一色でした。それが、本格的に話が進むにつれて、3年では早すぎると上層部の決裁が下りずに、ドイツ行きの話が白紙になってしまったんです。

そうなって初めて、「機会がやってくるのを待ってるんじゃなくて、もう自分で行こう」そう思って、スパッと仕事をやめる決断をしました。

なんだかんだ、大変だけれど楽しんで仕事をしていた部分もあったのですが、この一件で踏ん切りがついたんです。どれほどドイツに行きたいかという自分の気持ちに気づく、いい機会になりました。

トルコ、そしてベリーダンス講師

ついにドイツ行きですね!

中野:・・・と、思うじゃないですか。でも会社をやめて一週間後に飛んだのはトルコでした。

え!?(笑)

中野:笑っちゃいますよね。あんだけドイツ、ドイツって言っていたのに、トルコ行っちゃったよって(笑)なぜトルコかというと、社会人になってからずっとベリーダンスも並行してやっていたんですが、踊ることがすごく楽しくて、会社をやめるタイミングは人前でも踊る機会をもらえていたんです。

せっかく仕事やめて自由な時間もできたし、本格的に好きなことを勉強してみようかなって思って、なんの当てもなくイスタンブールに飛んでみました。

現地に行けば、習える場所はたくさんあるだろうって思って行ったんですが、全くと言っていいほど無かったんですよ、習える場所が。

トルコなのに?

中野:そう。探しても探しても全然見つからなくて、トルコでとにかく暇を持て余していました(笑)そのまま2週間くらい経ったある日、「トルコでダンスを習わないか?」というお誘いのfacebookメッセージが届いたんです。そのメッセージは全く知らないトルコ人からのものだったんですが、私はもう藁にもすがる思いで、その人を頼りに、首都のアンカラという場所に行きました。

その方が紹介してくれたのは、トルコで本格的に活動する日本人ベリーダンサー。彼女の教えてもらっているトルコ人のプロのベリーダンサーのレッスンに連れて行ってもらうことができました。しかも、その先生の自宅の一室に空きがあるということで、住み込みでベリーダンス漬けの6週間を過ごすことができたんです。

最高の環境ですね!

中野:その先生に付いて、レッスンを受けるのはもちろん、ショーを見に行ったり、素敵な衣装のお店に連れて行ってもらったりすることもありました。

そんな素晴らしい経験を積んで日本に帰ったら、日本で通っていたベリーダンススクールの講師の声がかかったんです。せっかくの機会だからやってみようと思って講師になり、あれよあれよと、1年くらいは講師として日本で働いていましたね。

すごい!でも、ドイツ行きは何処へやら(笑)

中野:そう、ドイツ行きはどうなったんだ、と(笑)

なんでも始めると楽しんでしまうので、ダンサーとして楽しく過ごしていたんですが、それでもやっぱりドイツには行きたい。これからもずっとどこかで思い続けているのは嫌だなと思い「ああ、やっぱりドイツに行かなければ。ドイツではきっと自分の想像を超えたことが起こるだろう」と、ドイツへ渡る決断をしました。

ワーキングホリデーのビザを取得して、ドイツに渡ったが2015年10月です。

念願のドイツで働き、踊る

ドイツに渡ってからは、どう過ごしていたんですか?

中野:再び語学学校に通ってドイツ語を勉強しながら、職探しをしました。たまたま繋がりのあった友人がベルリンで働いていたので、彼女に英語での履歴書を手伝ってもらったりして就職先を見つけ、2016年の4月には旅行会社のカスタマサービスとして働き出しました。

そこで働きながら、ベルリンの生活にも慣れ、こちらでたくさんの友人もでき、ドイツ生活を始めて1年で転職。それが今の会社です。肩書きはマーケッターとなっていますが、通訳もするし翻訳もするし、営業もPRも日本に関わることは全部やります。なんでもやらせてもらえて本当に楽しく仕事も出来ていますね。日本市場担当なので、日本にも時々帰っていますよ。

そうなんですね!そして、ベリーダンスも続けていらっしゃるんですよね?

中野:ベルリンに来てなかなか踊れる場に出会えなかったんですが、今の仕事に転職したのと同時期に、道端でバンド活動をしていたバルカンミュージックバンドに出会ったんです!その場ですぐに「ベリーダンスを一緒に踊らせてほしい!」って申し出たら、「いいよ、じゃあ明日ここで演奏するから来て」って。そして翌日にそのバンド演奏に合わせて即興で踊らせてもらいました。そこから、ずっと一緒に活動させてもらっています。

ショーやクラブだけでなく、難民のイベントで踊ったり、毎年ベルリンで開催される各国の文化を表現するフェスティバルで踊ったり、活動の幅も広がっていますね。

平日夜にはプライベートレッスンなんかもしています。それができるのも、こっちの働きやすさゆえですね。日本にいる時は、仕事が何時に終わるかわからないので、夜にショーがあった時なんかは少しナーバスでしたから。


▲ショーのステージに立つしおりさん

こっちのほうが働きやすいというのは、どういった面でですか?

中野:まず、仕事とプライベートがきっちりと別れている点ですね。18時頃にはスパッと帰る。休みもちゃんと取りたいときに取れます。有給を利用して、週末はよく隣国へ旅行に行っています。EU圏なんで、気軽に安く他国へ出れますからね。

あとは、見た目や外見で人をジャッジしません。だから、この街はすごく生きやすいなって感じています。

それじゃあ、今後も海外で生活して行く予定ですか?

中野:このまま海外で生活したいなとは思ってますが、それはどうなるかわかりません。でも、いつでも、「Go with the flow.」流れに身を任せて行けばいいかなって思っています。なんでもそうですが、先が見えていたり、結果が出ていることって面白くないんです。自分のコントロールできない部分に面白さが有るなって思うので、いろんな状況を楽しんで行こうって思っています。

そして、最終判断は、ワクワクするかどうか。自分の直感に素直に従って動いていけばいいかなって思っています。

編集後記

やりたいことを実現するためには?との質問に、「自分はこう!ってどれだけ宣言できるかも大事です。もしやりたいことや考えがあるなら、自分はこうしたい、ああしたいって言ったほうがいい。もちろんそれに自分の行動も伴って行くべきですが、やって行く中で、ダメだったり本気でなければ自然とすたれて行くと思うんです。だから私はダメだと分かるまで挑戦し続けますね」と答えてくれたしおりさん。

芯の強さと、フットワークの軽さと行動力の高さが、彼女をドイツまで連れてきたんですね。

インタビュー翌日には、彼女とベルリンのバーへタンゴのレッスンに行ってきました。気軽にアートや文化に触れられるのもベルリンの良いところ。彼女のおかげで、ベルリン滞在がより思い出深いものになりました。しおりさん、ありがとう!また、世界のどこかで一緒に踊れるのを楽しみにしています♪