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企業が取るべきメンタルヘルス対策と産業医の活用事例 ── 産業医 山越 志保先生

企業が取るべきメンタルヘルス対策と産業医の活用事例 ── 産業医 山越 志保先生

企業が取るべきメンタルヘルス対策と産業医の活用事例 ── 産業医 山越 志保先生

働く人がより自分らしく働くために一番必要と言っても過言ではないのは「健康」。そこで、企業への産業医サポートサービスを手掛ける株式会社エムステージとのコラボ企画を始動。同社から3人の産業医の先生をご紹介して頂き、「働く人の健康」についてインタビューを実施。

1人目の今回は、数々の企業の産業医を務める株式会社さくら事務所代表の山越 志保先生に「企業がすべき、メンタルヘルス対策」をテーマに、エムステージ広報の関矢 瑞季さんと共にお話を伺ってきました。

山越 志保(やまこし しほ)

株式会社さくら事務所代表 / 日本医師会認定産業医 / 労働衛生コンサルトタント(保健衛生)。 都内の病院で内科医として勤務する傍ら、日本医師会認定産業医・労働衛生コンサルタントの資格を取得。産業医として、幅広い業種の企業に赴く。現在は、都内大学病院の兼任助教・大学院生として勤務・研究をしながら、臨床と産業医活動を行う。

インタビュアー 関矢 瑞季(せきや みずき)

株式会社エムステージ 広報・人事担当。 慶應義塾大学を卒業後、子供服会社・出版社を経て現職。2017年6月に入社後広報部門の立ち上げを行い、10月より人事を兼任。医師の働き方から日本の医療問題、そして企業での健康的な働き方まで情報発信を行っている。

今、中小企業も積極的に行っているメンタルヘルス対策

産業医 山越志保

関矢 瑞季(以下、関矢):厚生労働省の平成28年「労働安全衛生調査」によると 、メンタルヘルスケアに取り組んでいる事業所の割合は約6割。平成27年の調査結果とほぼ変わりませんが、産業医として企業の意識の変化を感じることはありますか。

山越 志保先生(以下、山越先生):ストレスチェックの実施が義務化されているのは、労働者が50名を超える事業場ですが、ここ2~3年は、50名に満たない企業から産業医の依頼をいただくことがあります。これは、5年前にはなかったことです。

大手企業の人事・労務担当者は、以前からメンタルヘルス対策の重要性について認識していましたが、最近は中小企業やベンチャー企業もメンタルヘルスの問題に積極的に取り組む会社が増えている実感があります。

関矢:メンタルヘルス対策に積極的な組織の特徴はありますか?

山越先生:ベンチャー企業の場合、経営陣が大手企業の出身だと、元々ストレスチェックや産業医の制度を知っているので、「整備していかなくちゃ」という意識を持っていることが多いようです。
また、IT業界など、メンタル不調者の出やすい業界は、予防に積極的な会社が多いですね。ある常駐型のエンジニア派遣の会社では、特に若手のケアに注力していました。

一方で、全く何も手を打たず、どんどん人材が流出していく企業もあります。企業規模が小さい場合、経営者や人事・労務担当者の意識によって取り組み方に大きな差が出るため、実施しているところとしていないところで二極化していますね。

メンタル不調者が続出する企業の特徴

関矢:メンタルヘルス対策に取り組んでいる企業は増えてきていると思いますが、そんな中でメンタル不調者が絶えない企業の特徴を教えてください。

山越先生:過重労働が常態化していたり、労働時間が長いことが美徳という文化がある会社は、メンタル不調者が頻出する傾向にあります。また、特定の社員がストレスの原因となるケースもあります。「今の時代にこんなことが行われているの!?」と驚くような、典型的なパワハラ(パワーハラスメント)が行われている職場では、もちろんメンタル不調者が多く出ます。というのも、パワハラされた社員だけでなく、周囲でパワハラを目の当たりにした社員さんもメンタル不調をきたすことが少なくないようです。

業界でいえば、IT業界やデザイン業界も長時間労働が慣習となっている業界のひとつです。あとはケースバイケースでしょうか。 例えば、販売職の場合、店舗という限られた人間関係の中で売上を競わせると、メンタル不調者が出やすくなります。特に配属されている店舗に、同性だけだった場合、閉塞感が増すようです。

メンタル不調者を出しにくい企業の特徴

関矢:では、メンタル不調者を出しにくい企業の特徴はなんでしょうか?

山越先生:休職に至るほどのメンタル不調者が出にくい企業の特徴は、一にも二にもコミュニケーションがとれていること、そして人を大切にしていることだと思います。組織としての風通しの良さはもちろんのこと、社内コミュニケーションのキーパーソンとなる存在も無視できません。

例えば、古参社員がキーパーソンとなることがあります。役職はないけれど、役員にもズバズバ物を言える、ちょっぴりお節介な社員をイメージしてみてください。そういう人が、ちょっと元気のない若手に「最近、ちゃんと食べてる?働き過ぎじゃない?」と世話を焼いている会社は、こじれるほどのメンタル不調者が少ないなと感じます。そういう会社には、何か起きても「相談できる雰囲気」があるので、大事に至る前に手を打てるのかもしれません。

また、経営層や人事・労務担当者も部下や同僚たちと積極的にコミュニケーションをとろうとするマネジャーや上司、もしくは上記の古参社員さんを尊重していますね。人を大切にする会社は、その姿勢が社員に伝わるせいか、高ストレス者やメンタル不調者が出た際も、もめごとになりにくいのだと思います。

関矢:メンタルヘルス対策には、目には見えない雰囲気や空気が大切なのですね。

メンタルヘルス対策の成功事例

関矢:山越先生が見てきた企業の中で、メンタルヘルス対策が特に成功したと思う企業の事例を教えてください。

山越先生:あるデザイン会社のケースでは、業界柄どうしても夜遅くまで仕事をすることが多く、常に品質向上を迫られ、納期に追われ、デザイナーをはじめとしたメンタル不調者が続出。私が産業医を開始した際には「不調になるまで働き、休職して、そのまま退職」という流れが出来上がっていました。

そこで、個々のメンタル不調者への対応と並行して、できるだけ不調者を出さない組織全体の体制づくりを進めました。特に気を配ったのは、不調の前段階で本人が発信するちょっとした不調のサインをなるべく周囲が気づくようにし、早いうちに本人に産業医面談を勧める流れをつくること。
また、その会社は20代~30代の独身者が多く、食事や睡眠のリズムがめちゃくちゃになっている社員が目立ったので、食事や睡眠の重要性を伝える健康教育も行いました。
その結果、新規のメンタル不調者が減っただけでなく、メンタル不調で休職しても、病状が安定したら、職場復帰する流れへと変わったのです。

長時間労働が常態化している業界や職種の場合、メンタル不調者をゼロにすることは、なかなか難しいと思います。しかし、この会社では「休職したら終わり」という雰囲気がなくなったことが、大きな成果でした。

関矢:メンタルヘルス対策を形だけにしないためのポイントはありますか?

山越先生:組織のトップが、メンタルヘルス対策に積極的に取り組む姿勢が大切だと思います。数十名のベンチャー企業であれば経営者の、支社であれば支社長の、工場であれば工場長の…事業場のトップの意識が、組織全体に影響するからです。

例えば、産業医に重きを置く社長の会社では、社員みんなが産業医の話を熱心に聞いています。そこで、実際にトラブルが起きても、これまでに聞いた話を活かして社員一人ひとりが適切に対処できるのです。

産業医へ相談したことで問題解決に繋がる

産業医 山越志保

関矢:メンタル不調者の中には、「こんなことで悩むのは、自分が弱いだけなんじゃないか」「産業医に弱音を吐いたら、会社に筒抜けになって自分が損をするんじゃないか」と考える人もいると思います。

山越先生:そういう話はよく聞きますね。メンタル不調はある側面では非常に『見えづらいもの』であり、『見える化』しづらいものです。健康診断には基準値がありますし、労災認定も事実に基づいて判断しやすいのですが、メンタルヘルスにかかわる場合、その方の性格や考え方の傾向にも左右されるところが大きいです。そのため、会社側としても、いわゆる、有害物質が漏れた、墜落した、機械に挟まれたといった労災とはちがって、場合によって非常にわかりづらく、会社として、労災として、会社の非を認めづらく、さらに積極的に対策・対応が取りにくい印象を受けます。

そして、産業医は企業と労働者、上司と部下、時として社会などの間でバランスを意識して意思決定していきます。利益を相反する関係者双方を大切にしながら、関係者の理解を最大限得られるように、判断と提案をしていきます。これは産業医の中立性であり、産業医の立場の難しさではあると思います。
このため、相談者が「産業医に言ったところで解決策はない」と思っていても、話したことがきっかけで問題解決に繋がったケースはよく見かけます

関矢:そうなんですね。具体的にはどのようなケースがあるのでしょうか?

山越先生:2つのケースをご紹介します。
熱心に指導している部下が、全然仕事ができるようにならず、悩んでいるリーダーがいました。
リーダーは自分の指導力不足を責めて外部のマネジメント研修やカウンセリングを受けたりしたのですが、部下は全く成長しないばかりか話が通じているかも怪しい反応。次第にリーダーは、ストレスから、毎晩のお酒の量が増え、高ストレス者となって産業医面談に来ることに。
しかし、話を聞いていくうちに、部下の発達障害が疑われることが判明しました。ずっとひとりで問題を抱えて「どこに相談して良いかわからなかった」と泣いていたリーダーの姿が忘れられません。
あのまま部下の発達障害が明らかにならなかったら、リーダーのように悩む上司や同僚が増え、さらなる高ストレス者もしくはメンタル不調者が出た可能性があります。

もうひとつは、高ストレス者が続出したある部署の話です。
その部署では、数年間にわたって上司のAさんが、部下のBさんに対してパワハラを行っていました。他のメンバーへのパワハラはなかったものの、毎日のようにBさんを怒鳴り声を聞くうちに、同じ部署のCさん、Dさん、Eさんも怒鳴り声を聞くと激しい頭痛や吐き気をもよおすようになりました。
しかし、Aさんの報復を恐れる3人からは、高ストレス者面談の場でも「会社には報告しないでください」と言われました。産業医として「会社に報告した方が良いですよ」と必死で説得したところ、ようやく皆さんの承諾を得られて安堵したのを覚えています。報告後は、異動を含めた対処がされ事態は一気に好転しました。 ストレスチェックがしっかり機能した好事例です。

メンタルヘルス対策は予防的対応や組織全体の体制づくりが鍵

関矢:企業がメンタルヘルス対策を行うときに陥りやすい罠はありますか?

山越先生:私自身も駆け出し産業医の頃に陥った罠なのですが、「目先の対応にとらわれる」ことではないでしょうか。「メンタル不調者が出た」→「面談しましょう」、「休職希望者が出た」→「復職面談しましょう」など、個々の事例への対応はできるのですが、これではモグラたたきのような状態で、目先のことに振り回されてばかりいては、再発防止という課題は解決しません。

問題が起きて初めて動き出す「モグラたたき対応」だけでは、問題が起きた原因は放置されてしまいます。問題が起きたら、なぜその問題が起きたのか原因を探り、また同じ問題が起きないような体制をつくる「予防的対応」が必要です。

関矢:予防には、どのような方法があるのでしょうか?

山越先生:産業医として管理職向けの研修を行う際は「調子が悪そうな社員がいたら、すぐにお知らせくださいね」と伝えています。「ちょっと様子がおかしいかな?」という段階で産業医のもとに来てもらえれば、就業制限をかけて一時的に仕事の負担を軽くしたり、人事に相談して異動を促したり…といった対処ができますから。
メンタル不調者の中には頑張り過ぎてしまう人が多く、自主的に産業医に相談しようという人は稀なので、管理職や人事担当者に少しでも早く気づいてもらうことが大切です。

産業医としては、人事・労務担当者や管理職の意識改革を促して、人事担当者とともに働きやすい仕組みをつくっていくことを心がけています

関矢:「予防にかける予算がおりない」と悩んでいる人事・労務担当者は、どうすれば良いでしょうか?

山越先生:産業医の訪問回数が増えればそれだけコストもかかりますから、企業としてはシビアになるのもわかります。とはいえ、メンタル不調者が出た場合、1回の面談時間を削るにも限度がありますし、時間が足りずに問題が解決しなくなってしまっては本末転倒。

そんなときは、「その社員が本来のパフォーマンスを発揮できていない期間や、休職や退職にいたった場合の損失がどのくらいになるか」を考えてもらうと良いかもしれません。
厚生労働省が出した「精神障害の休業による日本の逸失利益(※)」の推定額は、9,468億9,400万円にのぼります。さらに、罹患費(医療費、傷病手当金、生活保護他)等のコストを含めると、その金額は2兆6,782億円と算定されているそうです。

代わりの人材を採用するには、費用がかかります。その後の教育費用も必要でしょう。その分のコストを、早い段階で予防に回すことができないか、という視点で検討してみてはいかがでしょうか。

(※)逸失利益とは…本来取得できたはずの財産上の利益の喪失