「働き方改革」の一環として、企業の多くは働く時間に柔軟性を持たせたり、長時間労働をなくしたりという取り組みを行なっています。しかし、社員のパフォーマンス向上が感じられず、改革の効果に疑問を抱くケースも少なくありません。
そんな中、社員の口コミサイト “Vorkers”が発表した「働きがいのある会社ランキング2018」で、堂々の第1位に選ばれた企業があります。顧客管理(CRM)ツールの開発、販売を行うセールスフォース・ドットコムです。
その理由には、創業者であるマーク・ベニオフ氏が理念とする「良い社会を作るのは、企業の役割」という考えのもとで社員にボランティア活動を推奨する制度や、社内外を問わず関わる人すべてを「家族」として接する社風、“ohana culture”(オハナ・カルチャー)など、個人のモチベーションに目を向けた施策があります。
Fledge編集部は東京本社を訪れ、人事プログラムシニアマネージャーの酒寄久美子さん、人事プログラムスペシャリストの神野 祥子さんに詳しくお話を伺いました。
酒寄 久美子(さかより くみこ)
株式会社セールスフォース・ドットコム 人事本部 人事プログラムシニアマネージャー 2012年8月入社後、 ダイバーシティ&イクオリティー推進の人事施策を担当。
神野 祥子(じんの しょうこ)
株式会社セールスフォース・ドットコム 人事本部 人事プログラムスペシャリスト 2017年10月に入社後、ダイバーシティ推進や働き方改革を中心とした人事施策を担当。
部署を越えた繋がりが、結束力を生み出す
御社が “ohana culture” を取り入れたきっかけを教えてください。
酒寄 久美子(以下、酒寄):創業者であるマーク・ベニオフがハワイに滞在していた時、このOhanaという概念に出会ったことがきっかけです。当時彼は起業を考えていて、「次に自分が立ち上げる会社には、“ohana culture”を基本理念とした会社にしよう」と決めたのです。
“ohana”(オハナ)とは、ハワイ語で「家族」を意味する言葉です。社員はもちろん、お客様を含め私たちと関係する人はすべて家族のように大切にしようという想いが込められています。
▲人事本部・人事プログラムシニアマネージャーの酒寄 久美子さん
素敵ですね!「家族」というだけあって、社員同士が繋がりを持てる環境が整っているのでしょうか?
酒寄:決まった席を設けないフリーアドレス制を一部で採用していて、好きなデスクで仕事ができます。社内には部署を問わず誰でも使えるコラボレーションスペースが点在し、社員同士が自由にネットワークを広げることができるんです。大企業にありがちな「部署間のカベ」がありません。
また、社員なら誰でも意見を書き込める “chatter”という社内SNSもコミュニケーションに好影響を与えています。たとえば、誰かが何かアイデアを書くとします。すると、その投稿を見た別の社員が「こんなやり方はどう?」と次々と意見が書き込まれ、あっという間に会社全体でコラボレーションが生まれ、実現に向けて動き出していく。こういうことが日常的に起こっているんです。
社員同士の活発な交流を通じて、仕事のアイデアが浮かぶなど、たくさんのメリットがありそうです。
酒寄:その通りです。働き方をどう変えるかだけではなく、どうすれば社員がモチベーション高く働くことができるかに目を向け続けてきました。
多くの企業が長時間労働の抑制や柔軟な働き方の導入を進めているのですが、当社では20年前から「社員がイキイキと自分らしく働けて、イノベーションが起こるような働き方」を模索してきた実績があります。これは他社にはない、当社の強みです。
誰かが困ったら、自分ごととして助けに動く
酒寄:社員がかかわる人すべてを「家族」と認識しているので、何かトラブルがあると「どうやって助けられるか」を考えて、積極的に行動します。
たとえば2016年に熊本地震が発生した時には、九州にいる当社社員が地元の顧客と協力し、支援策を迅速に打ち立てました。一方で社内では義援金を募ったり、休日に救援活動に行ったりする者が現れました。先ほどご紹介したchatterを使い、こういった動きがあっという間に全社で共有されていきます。
普段からのつながりがあってこその動きですね!国内だけでなく、海外でも同様の動きが見られるのでしょうか?
神野 祥子(以下、神野):もちろんです。数年前、イスラム教徒の米国への入国禁止令が持ち上がった時、当社の社員が影響を受けてしまう事態になったことがありました。
当社には、社員が特に大事にするコアバリューがあり、その中に「平等」を掲げています。入国禁止令は平等ではないですし、法令の取り下げを求める署名活動を行いました。この時は世界中の社員を巻き込んだ一大ムーブメントが起こりましたね!
▲人事本部・人事プログラムスペシャリストの神野 祥子さん
4つのコアバリューについて詳しく教えてください。
酒寄:「信頼」「カスタマーサクセス」「イノベーション」「平等」という4つになります。このコアバリューについては、創業者が持つ「良い社会をつくるのは企業の役割」という理念に根ざしてつくられました。全社員はお客様ににプレゼンできるほどに理解しています。
また、当社は社会貢献活動も重視しています。就業時間、利益、ライセンスの1%を社会に還元する「1-1-1」(ワン・ワン・ワン)モデルを導入しており、社員は年間56時間(年7日)をボランティア休暇として有給を取得できます。
ボランティア活動を通じて多くの学びも得られ、かつ「自分が世の中の役に立っている」ことを認識し喜びを感じていると思います。
▲セールスフォース・ドットコムが大事する4つのコアバリュー
「こんな会社で働ける」という誇りが社員のモチベーションを上げる
「自分が誰かの役に立っている」という認識を持つことで、モチベーションが高まるのでしょうね!
酒寄:社会貢献を理念として掲げる企業は他にもあると思いますが、実際に企業がボランティア活動を制度化し、奨励するケースは稀ではないでしょうか。社員は「この会社で働くことが誇り」と感じ、モチベーションが上がるのではないか、と感じます。
1%と聞くと影響は小さいと思われるかもしれませんが、会社の規模が大きくなれば、それだけ社会に与える影響も強まります。一人の貢献は年間56時間でも、それが何百人、何千人となれば、たくさんの時間が社会のために充てられることになる。
この事実を見て、「会社をもっと拡大して、社会をもっと良くしよう」と、熱意を持って仕事をするようになる。
結果的に社員のパフォーマンスは上がり、顧客を満足させてお互いにメリットのある関係を築くことができます。当社には、「社員が幸せになると、お客様も幸せになれる」という考えがあるんです。
でも、どんなに素晴らしい理念でも、企業規模が大きくなると隅々まで浸透させるのは難しい印象があります。また、社員一人ひとりのモチベーションを高いまま維持するハードルも高そうです。どんな工夫をしているのでしょうか?
神野:社内には「V2MOM」という意思決定を統一させるためのツールがあります。
「V2MOM」とは、Vision(ビジョン)、Values(価値)、Methods(方法)、Obstacles(障害)、Measures(基準)の頭文字を取って名付けられました。
▲V2MOMについて
これら5つの要素を使い、まず全社的な目標を設定し、全社員に共有します。その後、次々カスケードされ、社員全員が自分が達成したいことや、どうやって達成するかを決定します。
こうすることで、全社的な目標の把握と、その中で社員がどのように貢献できるのかが明確になります。組織の中での自分の立ち位置や貢献度が理解できるので、モチベーションの維持にも効果的です。
常に理想を目指し、会社をもっと良くしたい
最後に、こんな「働きがいのある会社」で実際に働かれているお二人に伺いたいと思います。セールスフォース・ドットコムでの仕事満足度を100点満点だとすると、お二人は何点をつけますでしょうか?
神野:そうですね。私は少し厳しめの評価で、75点をつけました。その理由は、当社の理念である「平等」の追求にはゴールがないと思っているためです。もっと改善できることはありますし、セールスフォース・ドットコムは今よりももっと良い会社になると信じています。あえて満点はつけませんでした。
酒寄:私は80点としました。理由は神野と同じで、当社が目指すゴールは常に上へ上へと向かって進化を続けていくと思うからです。
平等性が重要な時代においては、人事面での制度設計に終わりはありません。当社ではスピード感をもって決定しますが、うまく機能しないと判断した場合は、すぐに中止し、その反省を踏まえ次のアクションに移ります。会社と社会を良くするため、今後も挑戦を続けていきたいと思います。
編集後記
取材を通して、創業者の理念が社員に浸透していることを強く感じました。働き方改革では表面的なことを変えようとしがちですが、本当に改革すべき点は、そもそも会社は何のためにあるのか、誰のために仕事をするかなど、経営理念や根本的なマインドの部分にあるのだと思います。
社員が会社の存在意義や役割をわかっているからこそ、働きがいを感じ、高いパフォーマンスを発揮できるのでしょうね。