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サラリーマンから自然栽培農家へ「多種多様な人が心地よく集う場を創る」

サラリーマンから自然栽培農家へ「多種多様な人が心地よく集う場を創る」

サラリーマンから自然栽培農家へ「多種多様な人が心地よく集う場を創る」

地方創生アンバサダーのつぼじゅんです。今回は私の働く地域、新潟県五泉市で活躍しているUターン農家さんをご紹介します。

つぼじゅん

1988年4月生まれ。新潟県加茂市出身。国内で農業に携わった後、青年海外協力隊に参加。南米ペルー共和国で、現地の野菜菜園の普及などに携わる。現在、限りなく農民に近い公務員として畑を耕し、週末はDIY軽トラキャンピングカーで日本&新潟県1周の旅を実行中。

【新潟県五泉市へUターン】サラリーマンが自然栽培農家になるまで

新潟県五泉市の旧村松町で農業を営むのは、塩原悠一郎さん。

新潟県五泉市出身。大学卒業後、東京都でデンカ株式会社に4年間勤務。その後Uターンで地元に帰り新規就農。自然栽培農家として多品目の野菜を栽培・販売している。農園の名は屋号からとった「農園八兵衛」。

 農業の盛んな新潟県でも、塩原さんの行う農業のやり方は周りと少し違っています。

自然栽培と呼ばれるその農法は、農薬や化学肥料はもちろん、有機肥料さえも使いません。手作業で行う草取りも、必要最低限にとどめ、植物や土など自然が本来持つ力を最大限に生かす栽培方法。

新潟の農業と言えば真っ先に想像されるのは米(稲作)ですが、塩原さんが育てるのはオクラ、ミニトマト、ナス、サツマイモ、里芋など、多種多様な野菜たち。種子もF1(ハイブリッド種子)ではなく、固定種や在来種と呼ばれる土着のものを使用しています。


そんなちょっぴりユニークな農業を営む塩原さんも、以前は東京でバリバリのサラリーマンをやっていました。

都会への 憧れや広い世界を見てみたいという思いから都心で働くこと4年。忙しくも充実した毎日が続いていましたが、心のどこかに「地元が好きだし、いつかは地元に戻ろう」という思いを持ち続けていたそうです。

そして転機は訪れます。 2011年3月11日。現在でもその爪痕の残る東日本大震災。直接大きな被害があったわけではありません。しかし、食べ物のなくなっていくコンビニ、麻痺する交通機関…。災害時の都心の弱さを感じるには十分な出来事でした。これを機に新潟県へUターンを決めました。

実家が農家だったこともあり、まずは慣行栽培(一般的な栽培方法)の稲作や里芋づくりなど、もともとやっていた農業を手伝いつつ新規就農。2年ほど続けた後、もっと農業を知りたいという好奇心から、働きながら新潟県農業大学校で野菜栽培について学ぶことを決意。ここでの勉強が塩原さんの農業に対する考え方をガラリと変えます。

それまではどこか「農業=引き継ぐもの」という受け身な認識があったのかもしれません。しかし農業を体系的に学ぶつれ、栽培や経営について自分自身で考えるプロセスの楽しさを知るようになったそうです。

様々な栽培方法を学んでいくにつれ一番気になったのが「自然栽培」。ここから塩原さん、もとい農園八兵衛の自然栽培への歩みが始まりました。

「自然栽培って何?」な状況から、いつの間にか耕作放棄地ハンターへ

「奇跡のリンゴ」などで知られる木村秋則さんの講話などを聞き、ますます自然栽培に興味を持った塩原さん。程なく自然栽培新潟研究会に所属し、栽培について他の農家との交流を交えながら学びを深めていき、少しずつ自分の畑でも実践を始めました。

しかし、自然栽培を始めた当初はなかなか周囲に理解はされなかったそうです。慣行栽培が一般的な地元では、農薬も肥料も使わず草も生え虫も暮らす自然栽培の畑は、当時ちょっとした異端児扱いでした。

それでも、塩原さんの野菜が徐々に売れていき知名度が高まり、消費者や農家仲間が収穫体験や見学などで畑を訪れるようになった今、周囲の目も少しずつではありますが変わりつつあります。地域での仕事を積極的にこなし、地元の人への挨拶を欠かさない塩原さんの誠実な人柄もあいまって好循環は進みます。

以前は探すのが難しく、役場の農業委員会にかけあって探していた農地も、最近では「うちの畑も使ってくれないかい?」と地元の人から熱烈な耕作放棄地利用オフォーが届くようになったそうです。

とはいえ、 まだまだ理解されているとは 言い難い 状況もしばしば。では何が塩原さんをそこまで自然栽培に惹きつけるのでしょうか?

虫も草も人も、多様なものが集う空間を自然栽培で創りだしたい

塩原さんに自然栽培の魅力について訪ねると「心地よい」という言葉が度々飛び出します。よくよく聴いてみると、塩原さんの考える心地よさというのは、「多様であること」。ひとつの畑の中に単一の作物だけでなく、様々な野菜を育てる。そこには野菜だけでなく、多種多様な草や虫が共生する。その環境が生む心地よさが自然栽培の最大の魅力だそうです。

「最終的には植物や昆虫だけではなくて、自分のように農業をやっている人、農業や自然に興味がある人、生産者、消費者など、多種多様な人が集えるような空間を、自然栽培を通して創りだしたいんです。」


実際、夢はもう動き始めています。新潟県内の農家が集い立ち上がった「おいしいniigata事業創造組合」。自然栽培や有機栽培など無農薬で頑張る農家が結集することで、個々では難しい収穫物の安定供給やブランド化を図り、共同での収穫体験イベントなども企画運営しています。

数ある取り組みのひとつとしてはじめた野菜の共同栽培。その舞台が塩原さんが借り受けた新潟県五泉市の耕作放棄地。すでに人は集い始めています。

「農業は自己表現をするのにうってつけの仕事だと思います。畑や田んぼという場で、どういった農産物を育てるか、どういった育て方をするか、誰が集まるか、何をしても自由です。その結果が毎年あらわれる。食べる、学ぶ、遊ぶ、なんでもできるのが農業の魅力です。だからこそ、もっと沢山の人に農業と関わりを持ってもらいたいんです。」

今後地方にどんな空間を作り出してくれるのか、自然栽培農家の塩原さんに期待が高まります。