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社会に合わせなくたっていい、憧れのためなら海だって超えろ!ネルソン水嶋のクリエイティブな生き方

社会に合わせなくたっていい、憧れのためなら海だって超えろ!ネルソン水嶋のクリエイティブな生き方

社会に合わせなくたっていい、憧れのためなら海だって超えろ!ネルソン水嶋のクリエイティブな生き方

2015年6月某日、Yahoo!トップに突如現れたドリアンマン。ドリアンの皮を全身に纏った謎の男の正体は、メディア運営やライター、編集者として活躍するネルソン水嶋さん。
『面白いこと』に並々ならぬ情熱を注ぎ、自身で立ち上げたウェブメディア「べとまる」は、「livedoor Blog 第3期ブログ奨学生」「デイリーポータルZ新人賞2014 最優秀賞」などを受賞。編集長を務める「海外ZINE」では海外の文化や暮らしを紹介している。

6年余りのベトナム生活を経て帰国、そして先日2万字に及ぶ自伝的コラムを公開。昔の自分のようにくすぶっている人に発破をかけるためにも…と、成功の裏にあるこれまでの挫折や苦悩まで赤裸々に語られています。

今回は、次の活動に向けて日本で準備中のネルソン水嶋さんに、ご自身の働き方や、好きなことを仕事にすることについてさらに突っ込んでお話を伺います。

ネルソン水嶋

大阪府大阪市出身、1984年2月生まれ。2011年11月からベトナムのホーチミン市に住み始める。2012年5月にはじめたベトナムの魅力を紹介するウェブメディア「べとまる」は「livedoor Blog 第3期ブログ奨学生 選出」「デイリーポータルZ新人賞2014 最優秀賞」などを獲得、その後ライターとして複数のメディアで寄稿も行う。2017年11月からは、編集長として、海外の文化や暮らしを紹介するウェブメディア「海外ZINE」を運営。

クリエイターを目指して数々の挫折

現在はライターやメディアの編集者など、さまざまなご活躍をされていますが、元々はどんなお仕事をされていたのですか?

ネルソン水嶋(以下、ネルソン):けっこう驚かれるんですが、エンジニアです子どもの頃から元々、ものづくりが大好きで、中高生の頃はゲームプランナー、大学では広告クリエイターを目指していました。ですが結局挫折し、情報工学系の大学だったのでIT企業に就職して。

「デザインソフトをつくるAdobeだってIT企業だし、その業界にもクリエイティブは見いだせるはずだ」と自分を納得させていたのですが、クリエイティブはおろか、官公庁や大企業が提供する大きなシステムの一部にしか関われず、それがどんなかたちになって人を喜ばせるか、楽しませるか、というところが見えなくて。だから僕はここに居るべきじゃない、という想いがずっと心の何処かにあって、辞めるチャンスを常に探していたと思います。

それで「このままじゃダメだ」と思って、社会人3年目のときに周りの友だちに「面白い会社知ってる?」と聞いたら、何人かから「面白法人カヤックという会社があるよ」と教えてもらったんですね。で、絵を量り売りするとか、サイコロで給料を決めるとか、一年のうち数ヶ月は海外で仕事するとか、調べれば調べるほどそのユニークな事業内容や社内制度に魅了され、どうしても入りたい!と思うようになりました。

それから準備を進め、5年目の冬に採用試験を受けたのですが、落ちて。心が折れて会社も辞めて、時間はあるし人生初の海外旅行でも行こうかなぁと思って。そんなときたまたまTwitterでベトナム在住の日本人に声をかけられ、食事の席で「うちで新規事業立ち上げるから働かない?」と誘われて移住を決めたんです。

フットワーク軽いですね!(笑)

ネルソン:いや、追い詰められてたんですよ(笑)「ベトナム」「新規事業」が新天地に感じて。でも、実際には期待していた新規事業など一向にやらせてもらる気配はなく4ヶ月ほどで辞めちゃって。それでも、ベトナムでの生活は刺激的で、「これは日本人に伝えたい!」というのと「とにかく人を笑わせたい」という想いが出てきて、「べとまる」というサイトをはじめました。立ち上げの頃はベトナム在住日本人によるブログ形式のサイトもまだ珍しかった、という理由もあります。ちなみにべとまるとは、ベトナムで◯◯する方法を略して「べとまる」です。

▲自身の運命を変えた、ベトナムでの予想外に刺激的な日々

社会から逃げた先にある活路

ベトナムに渡ってからは、好きなことを仕事にして…と輝かしく見えますが、ご自身のこれまでを振り返ってみて、成功の秘訣はなんだと思いますか?

ネルソン:お金を稼ぐことを仕事とするなら、それまでの道のりもかなり長かったつもりなんですけどね。

で、まず、自分のことを成功者だとは全く思っていないです。でもうまくいってると思われたとしてそこに理由があるなら、人並み以上に不器用だったからだと思います。人を楽しませるものづくりをやりたいんだという想いもあったけど、それ以前に社会に対して器用に自分を合わせることができなかった。でも、やりたいことがあったり、それを探したいのなら、逃げていい。その先に活路があるんじゃないかなーと思ってます。むしろやりたいことに対して真摯に攻めてる、と言っていいのかもしれない。

僕は結局、やりたくないことはやれない、やりたいことだけやりたい、子どもみたいな大人だったんです。意地になってそれを続けていたら機会にも恵まれて、賞をいただいたり注目していただいたり、仕事に変わっていったんです。

あと、そんな自分に付き合ってくれる友人たちに恵まれていたのも大きいです。誰がおいしいつまみをつくれるか対決しようとか、隣駅への切符一枚で一都六県を回ろうとか、ブロガーやライターをはじめる前から企画っぽいことをやっていて。それはベトナムに渡ってからも同じで、そこはそこでまた違う友人たちに恵まれた。成功?か分かんないけど、もし秘訣があるなら、自分を応援というか、いっしょになって楽しんでくれる友人たちとの付き合いを大切にすることは間違いなくあると思います。

今の生活は「ホリデーがわからない!」

人を楽しませるコンテンツを作りたいと思ったきっかけは何だったのですか?

ネルソン:だいぶさかのぼりますよ、6歳の頃まで…。人を楽しませたいというか、自分が楽しみたいと言ってもいいかも。

うちは両親共働きで、いつも家で2つ違いの兄と妹と三人で遊んでいたんです。みんな外にあまり友だちがいなかったんですね(笑)そこで、ぬいぐるみに事細かな設定を付けたりとか、バケツ一杯にごちゃ混ぜに入ったレゴブロックで毎回違うものをつくるとか、飽きないために想像力をふくらませていた。それと、親が月刊コロコロコミック(漫画雑誌)を2、3ヶ月に一冊とか買ってくれたんですが、途中のストーリーが飛んでるんですよ。僕ら兄弟も親も月刊という概念がなかったんです(笑)だから、この間はこんなストーリーがあったのかな?って考えてた。そのまんま、大人になった感じです。

それ、新しい教育方法かもしれないですね!(笑)

ネルソン:教育されない教育法みたいな…(笑)でも、何もないからこそ、自分の頭で補っていくしかないっていう環境はけっこういいのかもしれないですね。結局今も兄妹全員、コンテンツ関係の仕事をしてます。

あとは、高校生のときにメルマガを書いていたんですが、それを面白いと言ってくれる読者がいたんですよね。400人くらい、多くはないけど、ネット黎明期の高校生にとっては思い上がる人数ですよ。その頃から、笑いをとることや文章を書くことが面白い!と明確に自覚したと思います。

「考えるのが苦しい」と感じることはないですか?

ネルソン:それは全くないです!ネタを探したり考えたりするのが根っから好きで、だから休むっていう感覚がなくて、ホリデーがわかんない!オンとオフの境目はなくて、いつもその中間を過ごしてるって感じ。逆に、日本でエンジニアをやっていた頃はオンだろうがオフだろうが辛かったです。不器用なんで切り替えもできないんでしょう。

▲取材中、笑顔で当時を語るネルソンさん

好きなことを仕事にしようよ!

最近は、起業して独立する若者も増えていますが、やりたいことを仕事にすることについてどう思いますか?

ネルソン:会社っていうのは創業者や社長の夢や願望が世に出たもので、そこで働くことはその中の一員としてサポートすること。すごく素敵なことだと思います。

でも、自分のやりたいことがあって、その構想もあるのなら、誰かの手伝いをしてる場合じゃないんじゃないですかね。もちろん、それを踏まえた上で続けていたり、その中で100%やりたいことをやっていたり、あるいは家族のためだとかで優先順位が違うなら、その限りでもないけど。基本的に僕は、独立したい人はどんどんするべきだと思ってます。やりたいのなら、ひとりだろうが、お金にならなかろうが、続けてみたら?と思います。

それが広がったら会社を作って、また自分の夢に誰かに乗っかってもらう。そうやって回っていくんでしょうね。そんな簡単じゃないって言われるし、実際に言われたこともあったけど、簡単に掴める夢なんてあるんですかね。

ちなみに、ベトナムでは、独立志向の人がすごく多いんです。基本的に副業はどの会社でも、日系でない限りOKだったりするので、独立に対しても心理的ハードルが低いんですよね。その空気に当てられてか、日本人も、会社員として来たけどのちに独立する人も多い。

やはりまだ技術やインフラの面で日本の方が進んでいる部分が多いので、ビジネスチャンスに気づきやすいんだと思います。周りに経営者の友人知人もたくさんいるので、自分にとっても良い刺激になりました。だから、精一杯、「みんなどんどん好きなことを仕事にしようよ!」と思います。

やりたいことを仕事にするためには?

でも、やりたいことをするのってお金が問題ですよね。どうすればいいですか?

ネルソン:物価の安い国に行けばいいんです。もちろん滞在ビザなどの問題がクリアできるかどうかもありますが。僕がベトナム一年目の生活費は、年間80万円くらい。贅沢しなければだいたい都内一人暮らしの三分の一くらいです。やりたいことに3倍の時間や労力をかけられる。

僕はこれを勝手に「精神と時の部屋」って呼んでます、ドラゴンボールの。といっても、やりたいことが物理的に日本でないとできないなら難しいけど、情報だけならネットでいくらでも集められるので。目指すところによっては活動拠点は日本だけじゃなくていいんですよ。やりたいことをベースに、やれる場所を探せばいい。もちろん、その国や街の文化に敬意を払うことは大前提ですけどね。ここはすごく大切。

ところで、水嶋さんは英語に自信があったんですか?

ネルソン:全く!でも不安はありませんでした。周りは心配してくれるからこそ言いたいことを言ってくるけど、自分の人生は自分のものじゃないですか。理由だって、誰かを説得するためになら必要ですが、自分自身に対しては必要ない。というよりも、それを思った時点で理由はあるはずで、それを言葉にできるかどうかは全く別の問題だと思います。行った先で色んなものを見て経験していく中で、だんだん言葉になって自覚するものですから。

私もそう思っています!

▲旅好きの筆者と意気投合してハイタッチ(なぜかカメラ目線)

ネルソン:日本はひとつのことをやりつづける姿勢を美徳とする職人信仰があると思います。確かに、僕もそれをかっこいいと思うけど、ネット時代であらゆるブラックボックスがなくなって「これができたらあれもできる」ということが分かってきた。とくに今は技術の進歩も目覚ましくいろんな分野でイノベーションが起こっていて、「これができたら・ここにいたらずっと生活が保証される」という安息地がない。

これからの時代は、大きな組織の中で立場を確立させることではなく、時代や環境に合わせて立ち回る行動力や技術力を持ち、人とのつながりを大切にすることが「安定」を意味すると思っています。

今後やりたいことはありますか?

ネルソン:めちゃくちゃありますね!あまり話せないけど、外国人の視点を軸にしたものをはじめたいと思っています。この場合、日本人以外という意味じゃなくて、母国でない国に住む人という意味で。

やりたいことがいっぱいありすぎて3年は暇しないと思います。これからも我慢はしないで、やりたいことを実現していくつもりです。

取材を終えて

「これからもおもしろいと思うことをやり続ける!」と、笑顔でお話してくださったネルソン水嶋さん。全身に纏ったドリアンの下には、世界に向けた熱い想いと尽きることのないチャレンジ精神がありました。

好きなことを仕事にすることは多くの人の理想の生き方であり、もしもそれができる環境にあるのなら、行動するべきなのだと思います。夢は実行に移す行動力があってこそ動き出すもので、その先にある苦悩や挫折が、成功するための試練であるのだと改めて気付かされました。