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自分にとってサイコーな生き方を探して『長野』へ移住──渡辺捷揮

自分にとってサイコーな生き方を探して『長野』へ移住──渡辺捷揮

自分にとってサイコーな生き方を探して『長野』へ移住──渡辺捷揮

はじめまして。神奈川県横浜市出身、超雑食系男子の渡辺捷揮(わたなべしょうき)です。座右の銘は「物は試し」。嫌いな食べ物は無し。文字通り何でも食えます。現在は長野県飯田市で地域おこし協力隊として活動しつつ、グラフィックデザインや新規開業向けのマーケティングの仕事をしています。

渡辺捷揮(わたなべしょうき)

1993年10月 神奈川県横浜市出身 芸術家の両親に反抗し、都内の大学でマーケティングを専攻。卒業後は貿易商社で働くも、自分の中に疼くクリエイターになりたい願望に逆らえず、退職。武者修行も兼ねて長野県飯田市に移住して現在は地域おこし協力隊兼グラフィックデザイナーとして活動。

仕事ってなんぞ?

皆さんは、なぜ今の「仕事」をしていますか?
家族を養うため、趣味にお金がかかるから、仕事を自分のステータスとしているから・・・

人によって色んな理由があると思います。
俺の場合は「したいからしている」というのが理由です。

俺が育ったのは、祖母が仕立て屋・父が彫刻家・母がバレリーナという一家全員が個人事業主の家庭でした。

実家の一階部分にあった祖母の仕立て屋は地域の高齢者たちが談笑する寄り合いの場になっていて、祖母はいつもミシンを前にイキイキと仕事をしていました。父と母は創作活動を人生の生きがいとしていて、現在も毎日楽しそうに仕事をしています。

そんな家族に囲まれて「生き方=仕事」という今の自分の仕事観が生まれました。

色々やってみた学生時代

「生き方=仕事」なんてカッコつけて言ってる俺ですが、ずっとこんな仕事観を持っていたわけではありません。高校時代まではバリバリの反抗期で「親とは違って自分は普通のサラリーマンとして生きていくんだ」と息巻いていました。

今思えば「反抗した結果、普通のサラリーマン」ってのも変な話ですが、当時の自分は周りの友人たちと同じでないと恥ずかしかったんだと思います。
そんな感じなので、大学はなんでも潰しがきくであろう商学部に進学。なんだか響きがイケてるマーケティングを専攻しました。

大学時代はトラックメイクしてみたり、ビジコンに出てみたり、24時間耐久飲み会をしてみたり、バックパッカーまがいの旅をしてみたりと、情熱のはけ口を探して色々なことを9割くらい咀嚼しては飽きてを繰り返していました。

▲タスマニアの海鮮はマジ最高

そんな俺が、唯一飽きずに続けていたのがグラフィックデザインでした。
オリジナルのTシャツを作りたくてIllustratorを弄ってみたのを機にドハマり。

以来、デザイン本を読み漁ってクラウドワークで小銭を稼ぐのを大学4年間継続してるうちに、俺は漠然と「デザイナーなりてえなあ。」と思うようになっていました。

スピード脱サラと移住武者修行編

大学4年生の夏、俺は人生の岐路に立っていました。
約20社受けたデザイナー職の求人は全滅。一方で滑り止めで受けていた商社の総合職は10社中8社の内定。

そんな状況の中で俺は結局リスクのない商社への就職という選択を取りました。入社したのは中でも一番面白そうだった「新規事業を起こして子会社の社長になろう!」というぶっ飛んだ求人広告を出していた貿易商社でした。

入社後の業務はマーケティングや仕入れといった商社の基本業務と、新規事業立ち上げを目指した企画の量産でした。仕事は忙しくて色々考える暇がなかったので割と楽しかったです。

ところがある日、会社の方針変更で入社の動機になっていた子会社立ち上げの話がなくなってしまい、代わりに経営企画部でM&Aの営業をやることになりました。

入社2年目にして子会社立ち上げという目標を見失ってしまった俺は転職を考えるようになります。しかしやりたいデザイナー職はバックボーンなしで受かりそうもないので、どこかで武者修行をしようと考えた俺は以下の条件が揃う環境を探し始めました。


●何もない場所 ・・・企画・デザインのスキルを磨けそうだから
●人の役に立てる仕事 ・・・ストレスたまらなそうだから
●休日はキャンプ三昧 ・・・あわよくばデザイナー兼務でキャンプ場やりたい


そこで見つけたのが長野県飯田市三穂地区の地域おこし協力隊の募集でした。
ミッションは「地域資源の掘り起こしと活用・情報発信」という非常に掴み所がなくて企画のやりがいがありそうな内容。社会貢献性もあるし、長野県はキャンプ場の数日本一。

「飯田市最高じゃん!」と応募したところ、トントン拍子で就任することになりました。

地域おこし協力隊としては中学生対象の放課後塾で英語の講師、ふれあいヤギ牧場の開園、空き家を活用したコミュニティスペースの開発などに節操なく取り組む傍、地域や自分の企画で発生したデザインの案件をこなして武者修行を行っています。

就任から2年が経ち、最近はデザイナーとして名乗っても問題ないくらいには頂ける案件が増えてきて同時にマーケティングなんかも頼まれるようになったので、何とかこの分野で食っていけそうだと思っています。

最後に

Fledgeで寄稿の依頼を頂いた時には「田舎サイコーーー!!!」みたいなことを書いたほうがいいのかなとも思ったのですが、よくよく考えると俺の移住の動機は「田舎暮らし」ではなかったので赤裸々に自分の働き方について書いてみました。

ただ、今の自分の状況があるのは間違いなくこの伊那谷地域で知り合った方々のおかげなのでとても感謝していますし、結果的には「田舎サイコーーー!!!」です。

諦めた夢がある人には、田舎への移住も一つ選択肢に入れてみてもいいかもしれません。

あなたにとっての「サイコーーー!!!」が見つかるかもしれませんよ。

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