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「子供の記憶に残るパパでいたい!」北九州という地方都市から日本、そして世界へ

「子供の記憶に残るパパでいたい!」北九州という地方都市から日本、そして世界へ

「子供の記憶に残るパパでいたい!」北九州という地方都市から日本、そして世界へ

どーも!初めまして、Fledge地域アンバサダー北九州の高橋建二です。 子供の記憶に残るパパでいたい!
と強く思い、仕事にプライベートにと活動しています。

高橋建二(たかはしけんじ)

1980年7月 福岡県北九州出身の△ターン(北九州→オーストラリア→関東→北九州)。 食品スーパーで10年以上働き、妻子いるにもかかわらず35歳でIT業界へジョブチェンジ。 現在本職で2社目の立ち上げに従事しながら、プライベートでも、ファザーリング・ジャパン九州理事、北九州男女共同参画委員、COMPASS小倉サポーター、CoderDojo北九州 や書くンジャーズなどに従事。地元である北九州を盛り上げようと、多方面にわたり活動しています!今の目標は、Tedxを北九州で開催することです。

子供の記憶に残るパパでいたい!

そう常々思いながら、行動したり発言しています。実の父親を私が8歳の時に病気でなくし、6つ離れた妹と共に母子家庭で育ってきました。

仕事に忙しくしていた父だったので、ほぼ一緒に出かけたことが無かったようで、結局ほとんど父親との思い出がありません。妹なんて父との記憶は全く無くて、写真だけを見て記憶を振り返るくらいです。

幼いながら私が当時感じたのは、父親の家族との関わり方です。父親だからと家庭を顧みずに仕事ばかりしているのは、何かおかしいと感じました。父親だからこそ、家族に伝えられるものは沢山あると思います。日々の父親からの言葉や行動、それらは子供にとってはとても良い刺激です。それに父親と母親とが仲良くしていると、きっと子供たちは将来そういった家庭を気付きたいと思うことでしょう。

だから、父親の存在を様々な活動を通して子供の記憶に、しっかりと留めてもらうことを目指しています。

オーストラリアのワーキングホリデーへ!

平凡な学生生活を送る中、密かに考えていたのが「世界放浪」でした。母子家庭で父親がいないのもあり自由奔放に育ってきた私は、親に迷惑かけない程度に勝手に色々なことに挑戦していました。

英会話学校に通いだしたり、お金を貯めては一人旅で日本や韓国をプラプラすることもありました。旅といえば「本」ということで、道中様々な本を読みふけました。中でも、沢木耕太郎さんの著書である「深夜特急」は、旅する度に持ち歩いていました。

私の興味かは国内から海外へ向き、世界放浪の旅をしようと考えるようになります。しかしながらやはり母親に心配書けるわけにも行かず、色々と検討した結果、「ワーキングホリデー」ならよいだろうとなりました。

英語圏で、比較的安全で、しかも一国の中を周るだけでも世界放浪感を味わえる場所、ということでオーストラリアを選択しました。1年弱オーストラリアに滞在して、3ヶ月ほどはかけてオーストラリアを旅してまわりました。

そこで会うオーストラリア人や日本人、それに世界中の人日に刺激をうけ、そのまま地元で働くよりももっと多くなところで働きたいと思い、関東へ上京するに至りました。

食品スーパーからIT業界へ!

学生の頃に、将来何の仕事に就こうか悩む時期がありました。そこで当時考えたのが「販売」か「IT」です。

というのも、16歳で高校生の頃、たまたま立ち寄ったフリーマーケッ ト会場に当時同級生がお店を出していました。「お店出せるの?」と私が同級生に聞くと、「出せるよ!」とのこと。面白そうだと思い、次回のフリーマーケットに出店してみました。するとあまりに面白すぎて、それ以来フリーマーケット出店にハマってしまいました。何度お店出したか覚えていないくらいです。そういった経験から「販売」の仕事に 就きたいなと考えました。

そして「IT」ですが、こちらは単純に新しいもの好きの元々の性格からでした。私が働くを考え出す時期の2000年くらいといえば、ITバブル全盛期。その後バブルは弾けるも、新しいものが続々登場してきました。「Yahoo」や「ライブドア」など、私にとっては刺激の塊でしかありませんでした。

オーストラリアへのワーキングホリデー後に、関東に出ようと上京。若かったのもあり、 数社両業界から内定頂いた中で、直感で「販売」である小売業界へ飛び込みました。関東なのか規模感も大きく、沢山仕入れて沢山売り切るのが楽しみで仕方ありませんでした。

結婚もして子供も育ち、順風満帆に関東での生活を過ごしていた矢先、人生を変える転機 に出会いました。それが「東日本大震災」と「祖父の体調悪化」です。東日本大震災では地震はもちろん、輪番停電などを経験して、時間と共に落ち着きは取り戻せましたが、幼い娘が余震に関してかなり敏感になっていました。

それに丁度その時期に、父親代わりをしてもらっていた祖父が90歳を過ぎたのもあり、倒れて入院することになりました。

妻と話し合って私の地元である北九州へUターンすること にしました。それが今から約7年前になります。娘が幼稚園から小学校に上がるタイミングだったので、引っ越しもスムーズに行なうことができ、私も同じ食品スーパーに転職したのでそこまで生活に変化なく直ぐに家族皆が新しい生活に順応することが出来ました。

しかし、北九州での生活が落ち着いたくらいで仕事では大きく変化がありました。大手スーパーから地方スーパー、売上ややることが劇的に変わりました。売りたいけど売れない、お客様の人数も半分ほどへ。

大好きだった販売が、つまらないものに変わったってしまったのです。それに休みが減り、働き方の部分も辛いことが多くなり家族との時間も取れなくなりました。 「今はまだ良いが、このままではヤバイ、ゆでガエルになる前に行動に移さないと」
と考え出し、休みの日にUdemyなどのオンライン学習で学んだり、リアルでのイベントや 勉強会に参加することが増えました。

そこで出会った会社の社長と意気投合して、ITエンジニアを育成する会社に転職しました。ほぼ立ち上げとなり、2年半まわしたことで次なる挑戦として、グループ内の新会社の立ち上げに従事する運びとなりました。

『Fledge』にかける想い

私のnoteでの活動が目に留まったようで『Fledge』からお声掛けを頂きました。 「地方創生プラットフォーム」だということで、即答で「やりたい!」とご返答させてもらいました。

北九州という地方都市から日本、そして世界へ向けて「記憶に残る父親像」を発信したいと色々と活動しているので、お声がけ頂いた時は嬉しい限りでした。地方創生アンバサダーとしてより多くの方へ『Fledge』を通してお伝えすることが出来るのを心より楽しみにしております。

それもこれも私の頑張り次第だということはわかっているので、北九州盛り上げていきますよ!「子供の記憶に残る父親であり続けるために」。

▼高橋さんの運営メディア

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▼過去のインタビュー記事

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フロイデール
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