フリーランスになったきっかけは病気退職後の成り行き。それが仕事と育児の両立につながった

フリーランスになったきっかけは病気退職後の成り行き。それが仕事と育児の両立につながった

フリーランスになったきっかけは病気退職後の成り行き。それが仕事と育児の両立につながった

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初めまして!8月からFledgeのライターチームの一員となりました、フリーランスでライターをしている薗部雄一と申します。すでに何本か取材記事を書かせていただきました。読んで下さった方がいれば嬉しいです!今回はそれらの記事とは違い、恥ずかしながら自分のことに関して書く機会をいただきました(照)。

今、世間では「働き方」が取りざたされ、柔軟な働き方としてフリーランスが注目されることがあります。そこで僕がなぜフリーランスを選んだのか、個人的な想いについてをお伝えしていきます。

これからフリーランスでやっていきたいとか、働き方を変えていきたいなぁと思っている方の、少しでもお役に立てれば幸いです。

ちなみに僕の家族構成ですが、妻と0歳6か月の息子の3人です。自宅をメインの職場にしており、仕事と育児の両立を目標に、子どもの成長を間近に感じながら原稿を書く日々を送っています。

薗部 雄一(そのべ ゆういち)

1984年7月1日生まれ。神奈川県出身。生後6か月の男の子のパパ。特技は寝かしつけ。結婚、育児を機に自分の働き方を見つめ直し、働き方をテーマにした取材や記事執筆をメインで行なっている。

病気療養をかねてスタート 副業していた影響は大きかった

フリーランスと聞くと、「会社員時代に努力を重ね、機が熟したら独立!」というコースを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。しかし僕の場合はそんな立派なものではなく、病気退職(頭部の手術の後遺症が悪化)して無職になり成り行きで始めたという意識低い系のスタートでした。

とはいえ、会社員時代に副業としてグルメライターをしていた影響は大きいです。副業を始めたきっかけは、本業を楽しめず悶々としていた時に知り合いから「飲食店の取材をして記事を書く仕事をしないか?」と誘われたことでした。「面白そうだからやってみよう」と即答して挑戦しました。

仕事内容は、飲食店の店員さんに料理の魅力などを取材して、料理やドリンクの写真を撮影することでした。これがすごく面白かったんですね。本業でプレスリリースを書いていたこともあり、文章を書くことへの抵抗もなく、どんどんハマっていきました。

1年ほど続けるうちに、「飲食店をPRしたい!」と考えるようになり、新しい会社に転職をしました。31歳の時でした。それから軌道に乗って、と言いたいところですが、蓋を開けてびっくり。自分の体力と仕事が合わず、転職後わずか3週間で体調不良になり退職を余儀なくされてしまいました。絶望です。31歳、無職、体調はボロボロ。「これからどうすればいいんだろう??」将来を考えれば考えるほど、不安になりました。まずは療養して、未来のことはそれから考えようと必死に自分を落ち着けて毎日を過ごしていました。その頃は大げさでなく、毎日ティッシュを丸々一箱使いきるほど泣いていました。

失意の底で療養生活を送っていたある日、知人がフェイスブックでライター募集の投稿をしていました。これを見て「ライターなら体調に合わせて仕事ができる!」とピンときました。即応募し、面談の上受注することになりました。フリーライターのスタートです。また別の知人からも執筆案件を頂くことが増え、仕事がどんどん増えていきました。

執筆内容はグルメのほか、過去にいた業界である不動産に関することがメインでした。マイペースで仕事をしていき、ライターとしての経験を積んでいきました。ただ当時は、ライターの仕事は療養中に社会と関わり収入を得る一時的な方法として考えていました。体調が良くなったら別の仕事に転職活動をしようと思っていました。

仕事と育児のどちらを取る?いや、両方を選択しよう!

その後僕の人生は、妻との出会い、交際後すぐに結婚、妊娠、出産と目まぐるしく変化しました。(途中経過を書くと長くなるので、それについては機会があれば)。 仕事の方も、場所を選ばずマイペースでできるフリーランスは続けていましたが、後に知人の紹介で週に3〜5日の業務委託として企業に常駐して執筆する働き方へとシフトしていました。息子が生まれたのは、そんな時です。

Fledgeライター薗部雄一さん、出産に立ち会った時の様子もともと家庭を大事にした働き方をしたいと思っていたので、また完全在宅にすることも頭にはありました。しかし、1度外に出てしまうと、男は外で仕事!という性別役割分業の考えが強固になり、決断も行動も先延ばしにしていました。その時は片道1時間40分の通勤を続けていたんです。

6月に息子が生まれてスタートした育児は、想像以上に大変でした。新生児は昼夜問わず2〜3時間おきにミルクを要求するため泣くんです。夜中でも、その度に起きて対応しなければならないので、寝不足が当たり前でした。妊娠出産の疲労が抜け切れない時に育児の負担がのしかかり、妻のメンタル不調が起こりました。

テレビドラマ「コウノドリ」でも産後うつが話題になりましたね。僕の妻もそれに近い状態になってしまったんです。約10か月にわたる妊娠は心身に大きな変化をもたらします。陣痛、そして分娩は命がけ。産後の入院期間中は授乳指導だなんだと休む暇もなかった。妻はそんな生活で心身のバランスを失い、疲れてしまったんですね。

一方で独身時代とあまり変わらない生活を送っていた僕。「これではいけない」と思いつつも、完全在宅への踏ん切りはなかなかつかなかった…。でも妻の不調を思うと、手を打たなければならない。実家を頼ったし、義母も九州から3週間ほど手伝いに来てくれましたが、ずっと望めることではありません。「僕の人生で一番大切にしたいものは何か?家族か、仕事か?」を問い続けた結果「よし、両方取ろう!」と思い、働き方を変える決断をしました。今年8月のことでした。

今の社会だと、子どもを持つことが制約ととらえられることがあります。(これは主に女性の方に多いかもしれません)。子どもを持ったり、家族との時間を大事にしたいならば、キャリアを捨てなければならない。そんな二者択一ではなく、僕は両方を選択したかったんです。

育児をきっかけに、働き方を見つめることになった

お子さんを抱くFledgeライター薗部雄一さん

今は妻と僕で育児のスケジュールを立て、力を合わせて取り組んでいます。ある日のスケジュールです。

7時に起床
育児(ミルク、着替え、オムツ替え、寝かしつけ等)
朝食
9時から11時まで午前の仕事
散歩
昼食
勉強
育児
14時〜16時まで午後の仕事
お風呂
育児
夕食
21時〜23時頃まで仕事
仕事に切りがついたら就寝


細かいものは割愛しており、かなりざっくりですが、こんな感じです。ご覧の通りまとまった時間を取るのがなかなか難しいため、細切れに仕事をすることになります。もちろん、取材などの時は変わりますが、このようなスケジュールが多いです。

いずれにしても、育児と仕事を入り交ぜています。最大のメリットは、家事育児を夫婦で協力してできるので、チームとして団結することです。大変なことはあるけど、これがあるべき姿なように思うんです。

一方で育児をしながらの仕事は、時間的な制約が生じるためスケジューリングの工夫は必須です。自分がやらなくてもいいことは極力やらないですむ方法を考えます。受ける内容、納期などは厳しく見ます。フリーランスは来た仕事を断らない、休みなく働いて当然と思っていた時期がありましたが、育児をしながらでは無理でした。当初は「仕事を選ぶなんて、偉そうに」などと自分では思っていましたが、目的は仕事を受けることではなく、質の良い記事を提供することです。それに気づいた時、提供する記事の質を守る選択をするのは、当然のことだとわかりました。

飲食店では店側のポリシーが強い店ってありませんか?調理の順番が決まっていて提供が遅いとか、注文できる数が厳しく決まっているなど。一瞬、「もっと客のニーズに応えてよー!」と思うんですが、ただただ自分たちが続けられるペースに忠実なのです。「ここまではやる。ここからはやらない」という明確な基準を自分の中に持ち、貫く。お客さんはもちろん大事ですが、自分の基準無くお客さんの要求に応えようとしすぎると、手が回らなくなって提供する料理の質が低下します。これでは本末転倒、ライターも同じです。

育児をきっかけに、働き方を見つめることにもなりました。ただ、育児と仕事の両立にフリーランスというやり方が最適だとは思いません。職種によりそれぞれに合った働き方はあるので、「その時の自分の生き方に合うもの」を選択することが重要だと思います。ともすれば、働き方改革や転職って、すごくハードルが高いものに感じてしまいがちですが、冬になって寒いからコートを着るみたいな、それくらいライトで柔軟であっていいと思うのです。かくいう僕も、今後は別の働き方をする可能性は充分にあるのです。

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