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あの決断がなければ今日も同じ道で同じ会社に行き同じ仕事をしていた─CRAZY WEDDING創設者山川咲

あの決断がなければ今日も同じ道で同じ会社に行き同じ仕事をしていた─CRAZY WEDDING創設者山川咲

あの決断がなければ今日も同じ道で同じ会社に行き同じ仕事をしていた─CRAZY WEDDING創設者山川咲

みなさん、CRAZYという会社をご存知ですか?

ウェディング業界で不可能と言われ続けていた、完全オーダーメイドのコンセプトウエディングを見事に創り上げ、そのウェディングブランド『CRAZY WEDDING』は、立ち上げからわずか1年足らずで大人気ブランドに。
そんな注目企業であるCRAZYさんは、サービスだけでなく働き方や生き方もとってもユニーク!そこで今回は全5回に渡ってCRAZYさんをたっぷりとご紹介していきます。

第一話はCRAZYを語るには欠かせない、創設者の山川咲さんのお話。人気ドキュメンタリー番組「情熱大陸」でも取り上げられるほどの、今、大注目の女性です。

山川 咲 さん

CRAZY WEDDING創設者。 東京都渋谷区生まれ、ワゴンカー育ち。アナウンサーであった父に連れられ、幼い頃は家族全員で日本全国をワゴンカーで周るという特別な環境で育つ。ワゴンカー生活終了後も千葉県の片田舎で、自身の個性と葛藤しながら思春期を過ごす。 大学卒業後、ベンチャーのコンサルティング会社へ入社。5年間の社会人生活にピリオドを打ち、退職後一人オーストラリアへ。帰国後 「意志をもって生きる人を増やしたい」との想いを実現すべく、業界で不可能と言われ続けたオリジナルウエディングブランド「CRAZY WEDDING」を立ち上げ、創業1年で人気ブランドへと成長させる。今年2016年5月には「情熱大陸」に出演。著書「幸せをつくるシゴト」(講談社)がある。Facebook/instagramの フォロワー数は約2万人。

28歳まで“自分の意志”とは対極にいた


── 「意志を持って生きる人を増やしたい」という考えに至るまでのことを聞かせてください。


山川咲さん(以下、山川):28歳の時にそう思って起業するまで、私自身、“意志を持って生きる”とか、“自分の人生を生きる”っていう所から対極ぐらいに居たと自分では認識してるんですね。

って言うのも、私にとって自分の個性は憎むべきものだったんです。

フジTVのアナウンサーの娘として生まれて、ワゴンカーで日本を回って、片田舎に住んで…っていう、このバックグラウンドがあるからみんなと仲良くなれないし、なんかイケてないって(笑)

── そう思ってたんですね。

山川:はい、そう思ってた時期がやっぱり凄く長くかったですね。社会に適合するために、みんなと仲良くするために、私が上に上がって行くために…って、この個性を如何に消していくか、“世の中で大事だと思われている事”が出来る様にって思ってやっていました。

── 世の中で大事だと思われている事・・・

山川:例えばみんなが就活やっていますってなったら、就活っていう枠の中で1番になりたいんですよ。今の私だったら、「就活馬鹿らしいみたいな(笑)就活なんかやってないでもっと常識変えようぜ!」みたいに思ってると思うんですけど、その時の私は、とにかく就活という枠の中で一番優秀と言われたい。

与えられた環境の中でどうやったらその1番上に行けるかみたいな事を頑張ってきたのが今までの人生だったんです。だから、そんな私が大好きだった会社を辞めてオーストラリアに行くっていう決断は、それまでの私からすると、とても驚くべき行動だったんですよ。

オーストラリアで気づかされた、本当の“生きる”とは何か

CRAZY WEDDING創設者山川咲さん

── 会社を辞めて、自分を見つける旅みたいな感じでオーストラリアへ?


山川:っていうのって凄い前向きじゃないですか(笑)その時の私はホント前向きでも何でも無いんで、もう今この日本に居たら私は確実に駄目になるっていう思考で藁をも掴む思いで、とにかく日本脱出っていう…とりあえず日本から出ようみたいな。

妊娠と流産を経て、もう逃げるように辞めたんですよね。オーストラリアもなんか元気になれそうだしって選んだくらい。

── それって直観的にオーストラリアって感じで選んだんですか?

山川:そう、で、本当にオーストラリアに行ったらメッチャ元気になったんですよ(笑)

── 想定通りですね(笑)

山川:オーストラリアで生きる力を取り戻したんですよね。

オーストラリアで出会う人たちって、みんながみんな自分の人生を唯一無二の物として楽しんでいるように見えたんです。晴れたり朝日が出たりするだけで、なんかすっごい幸せそうにしてて…私にとっては生きる見本のような感じでした。

私はそれまで身を粉にして働いてきて悩んで考えてってやってきたのに、きっと私よりそうではない彼らの方が幸せそうだという事実を突き付けられた時に、ああ人生とても興味深いなと思ったんですね。そして、考えても頑張っても努力しても色んな事をやってても、結局ハッピーじゃなかったら意味無いじゃんって。

社会で生き残るために、どうキャリアを積んでくのか、どう給料を上げるのか。そういったビジネスの世界でセットアップされていた私がオーストラリアに行ってみたら、「キャリアや給料なんて、自分が本当に大事にしたいことだっけ?」って、そんな基本的なことに気づかされたんです。

── そう気づかされた具体的なエピソードとかありますか?

山川:それは本当に毎日のちょっとした事です。「感情が表に出るだけでこんなに楽しいんだ」とか「人と繋がれるだけで、分かり合えるだけで、『ああ、ホステルあっちね!』って意思疎通できるだけで、こんなにも嬉しいことなんだ!」って、日常のひとつひとつが一生懸命で楽しくてそれで幸せで、なんか生きるってこういう事だよねって凄く思いました。

そうやって感じた時に、あの時決断をしないで自分の人生を手放していたら、今日も間違いなく同じ道を通って、何も考えずに同じ会社に行って同じ時間に同じ仕事をして、同じように出来合いのお弁当食べていたなって。

そんな毎日が確実に私に訪れたし、そっちの可能性の方が大きかったんだって思った時に…あ、人生ってなんか凄いなっていうか…1つの決断や自分がこうしたいと思うだけで人生って変わって行くんだ、大きく変わって行くんだな、自分は自分のこと分かってるんだなあって思ったんですね。

私は現に自分のピンチを察してここに来れていて自分で自分の人生を見つけ始めている、それに気がついたとき、私の生きようとする力って素晴らしいなって。だから、私の人生って素晴らしいし、今まで私が生きてきた人生で良かったし、あの苦しい事も辛い事も色んな事合わせて今の自分なんだなって思えたんです。

旅先で出会う人たちに、「咲は特別な人だよ」とか、「あなたって凄いパワーがある」とか、「笑顔がメッチャいいね」とか言ってもらえた時に、ああ、私は築いてきたものを全部捨ててきて、全部無くなっちゃったと思っていたけど、私にはもっと凄い物が残ってるんだっていうふうに思えていったのが、最後に訪れたエアーズロックだったんです。

遠回りした私にだからこそ、伝えられるものがある

CRAZY創設を心に決めたエアーズロックに座る山川咲さん
 ▲ エアーズロックの頂上にて、清々しい笑顔の山川さん 

山川:その最終目的地のエアーズロックについたものの、現地のガイドさんに「アボリジニーの聖地だから登って欲しくない」って言われるんですよ。「登ってほしくないけど、どうしますか?」って(笑)

── ええー!!!!!!(笑)

山川:きっとそれまでの私だったら登んなかったと思うんですけど、でも今は登んなきゃ絶対に駄目だって思って。登らせて下さいって祈るような気持ちで、聖地だというリスペクトを持ちながら登った時に、真っ青な空に真っ赤な大地、力強く降り注ぐ太陽、吹き荒れる風…もうそれはすっごい景色だったんですよ。

そんな場所で、自分自身がすごく変わったなっていう事はもちろん、内から湧き上がってくるエネルギーを物凄く感じて。

自分はすっごい遠回りして来たし、自分の人生否定した事もあったし、なんでこんな個性が私に存在するのだろうって思って来たけれど、私は今、「山川咲」という一人の人間として“意志ある自分の人生”を生きているし、これからも絶対自分の人生だけは手放したくないって強く思ったんですね。

だから自分は、「意志のある人生を生きよう、もう手放すのは絶対にやめよう」って思ったし、「遠回りして自分の人生を見付けられた私だからこそ、何かを届けることができるかもしれない」って凄く思えて、大事な人生を1つでもこの世の中に増やしていくんだ、そういう事業をやるんだ、って。

そういう想いで日本に帰ってきて、会社を立ち上げた。
それがCRAZYの始まりです。

 

このような想いで作られた会社はどんな会社なのでしょうか?次回はCRAZYなカルチャーをご紹介します。創業秘話も出てきますので、お楽しみに!


▼著書「幸せをつくるシゴト」(講談社)はコチラ