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町ぐるみで移住・起業をサポート!震災から1年、北海道厚真町の挑戦

町ぐるみで移住・起業をサポート!震災から1年、北海道厚真町の挑戦

町ぐるみで移住・起業をサポート!震災から1年、北海道厚真町の挑戦

北海道南部、厚真町を訪れたFledge編集部。
 
移住者による起業支援のプログラムのひとつとして、ここ厚真町で2016年から実施されてきたのが、「厚真町ローカルベンチャースクール」。岡山県西粟倉村で実績を重ねてきたエーゼロ株式会社の企画・運営により立ち上げられ、2018年からは子会社として設立された株式会社エーゼロ厚真が担うこの事業により、この3年で8人が移住や起業を実現しています。

そんな厚真町を、最大震度7を計測した「北海道胆振(いぶり)東部地震」が襲ったのは、2018年9月6日午前3時7分。今から約1年前のことです。

北海道全体での死者は44名、家屋や農林業に甚大な被害を及ぼしたこの震災を、厚真町はどう受け入れ、どう乗り越えようとしているのか。

震災があってもなお、移住者を受け入れ、新しい一歩を踏み出す厚真町。復興とまちづくりに尽力される町の方々にお会いして、お話を伺いました。

過去最大の凄まじい森林被害

新千歳空港から厚真町へは車で35分程、広大な北海道の土地の中でも大変アクセスの良い場所です。海や森などの自然に囲まれ、美しい田園風景がどこまでも広がり、爽やかな酸味と濃厚な甘さが魅力のワイルドベリー「ハスカップ」の産地としても有名です。

町役場を訪問すると、産業経済課の主幹である宮さんが出迎えてくれました。

▲厚真町役場。入り口には北海道胆振東部地震で亡くなった方への献花台が。

「震災から一年が経ちましたが、土砂崩れがあった場所は当時の状態のままのところもあります」と宮さん。

町の面積の7割が森林である厚真町。家屋の倒壊や停電や断水に並び、とりわけ深刻だったのは、土砂崩れなどの森林の被害です。被害面積は、過去最大と言われていた2004年の新潟県中越地震の約3倍にあたる3,230ha。

なぜここまで凄まじい被害となったのか。現在、林業も担当されている宮さんは、「厚真町に、9000年前の樽前山の噴火の火山灰が厚く積もっていたことと、2018年が例年より雨が多かったことが大きな被害を発生させた原因の一つとの指摘があります。雨で水を含んだ火山灰が、強い地震で揺さぶられて、緩やかな斜面でも大きく崩れたと考えられています」と話します。

▲かつて家屋が並んでいたこの場所では19名が亡くなった。

揺れを感じてからわずか6秒で、土砂は家を飲みこんだとの試算もあります。住民の方々からは、揺れが治まっても、ゴオーという土砂の崩れる音や木々のすれるにおいへの恐怖で、外へ出ることができなかった、という声もありました」

時速50kmという速さで、土砂が崩れ、家屋が飲み込まれていく。ここで暮らしていた人々がその瞬間、どれほどの恐怖を感じたのか想像もつきません。

▲山が基岩深くから割れ、わずか数分でおよそ350mもずれ動いた。

震災を乗り越える“あつま”の人々

これほどまでに大きな被害に合われた住民の方から、逆に元気をもらうこともあったと、震災当日を振り返り宮さんは語ります。

「役場や被災現場を周り、やっとの思いで避難所へ向かうと住民の方々から、何か食べたの?これ食べな!とカップラーメンをいただいて。逆に僕が元気をもらいましたね。その後も長いこと何も口にすることができなかったので、あれがなければ…と考えると本当に助けられたと思います」

役場職員や住民の方々が前向きで温かい心を持っていることが、厚真町の持続可能で発展的なまちづくりを推し進める基盤になっているのかもしれません。

▲「被災当時、完成したばかりだった浄水場も倒壊しました。来年には完全復旧の予定です」(宮さん)

「何千年もの自然の営みを経て、今の厚真町があります。今回の地震も自然の営みの中のひとつです。起こってしまったことをどう受け入れて、どう生きるのか。10年、20年後の厚真をどうつくるのかは、今の僕たちにかかっています」と宮さんは力強く話します。

厚真町は今、7年間の復興計画の真っ只中にあり、その復興計画の柱となっているのが“住民の意見”。

今回の震災では、地域ごとに被災のあり方がまったく違うので、それぞれの意見に寄り添い、住宅の再建や集落の再生に力を入れています。

厚真町役場では、行政と住民とが対話する機会を積極的に設け、ゆっくりとプロセスを踏んで、住民一人ひとりが思い描く厚真町の実現へと動いています。

▲割れた地面からは小さなカラマツの芽が。

震災…それでも移住者が増え続けるワケは?

豊かな自然、そして前向きで温かい人々が魅力の厚真町。震災以前から力を入れている、教育制度も住民にとっての魅力のひとつかもしれません。

「教育は子連れ移住にあたってとても重要な要素」と話すのは、厚真町教育委員会の宮下さん。

「10年前に赴任してからずっと考えてきたことは、子どもたちが豊かな自然とどれくらい関わっているか?ということでした。スマホやゲーム通信だけではなく、厚真ならではの日常経験をしてほしい。その積み重ねこそがふるさとへの誇りにつながると思っています

▲「子どもたちのふるさとへの誇りと、自ら考えて行動できる力を育みたい」(宮下さん)

「震災を経験して見えてきたこともあります。厚真町の最大の強みである“つながり”もそのひとつ。避難所での子どもたちの居場所となった『ハッピースターランド』も東北の震災を経験した方の協力などにより設立されました。地域を越えた大人とのつながりが、子どもたちが自ら成長できる環境づくりに大きく役立っています」

厚真町には、認定こども園が2園、小学校、中学校が2校ずつ。道立高校が1校あります。15歳以下の人口の割合も多く、英語教育の推進にも力を入れる厚真町は、北海道内でもトップクラスの学力を維持しています。

安全な環境で豊かな体験活動ができる「放課後子ども教室」や、家庭環境に関係なく参加できる「児童クラブ」など、学校以外にも子どもたちがのびのびと成長できる場が多数あります。子育てのために自然が豊かな土地への移住を検討するケースも多くなっている昨今、厚真町の“教育”はプラスαの大きな魅力となりそうです。

▲海にも面している厚真町は、実は歴史あるサーフィンのメッカ(!)でもありサーファーの移住者も多い。

町ぐるみで起業人を発掘

豊かな自然、熱心な教育などが決め手となり、移住者の数は4年連続で増え続けているのだとか。もうひとつ、厚真町が震災前から力を入れていた、移住者を対象とした事業があります。

2016年から始まった移住者による起業支援プログラム「厚真町ローカルベンチャースクール」です。企画・運営を行う株式会社エーゼロ厚真は、岡山県西粟倉村で2015年から「ローカルベンチャー スクール」を実施しているエーゼロ株式会社の子会社として、厚真町に根付いた事業の展開を目的に2018年に設立されました。

起業したい人を募集し、選考を経て合格した人は「地域おこし協力隊」として、3年間町のサポートを受けながら移住や起業の準備をすることができます。プログラム開始からこれまでの3年間で、8人が起業・移住に成功しました。

起業・移住した方の人の中には、全国10の自治体と連携して地方での新しいチャレンジを始める個人や企業を応援するローカルベンチャー協議会の実施する「ローカルベンチャーラボ」にも参加し、全国の仲間と繋がりながら事業に取り組む人もいます。

厚真町におけるローカルベンチャースクールの事業も牽引してきた宮さんは、「外部の人と接点を持ち続けること、状況が変わる中でもやり続けることが大事だと思っています」と話します。

かつて、林業を通して持続可能なまちづくりを研究していた宮さんはさらに続けます。

「厚真町の豊かな自然を生かして、林業が発展しても“まち”は?“社会”は?と考えたときに、ローカルベンチャースクールや地域おこし協力隊は、重要なキーワードになると思いました。厚真でチャレンジする人たちが幸せに暮らし、その雰囲気が伝播すれば、まち全体のエネルギーになりうるのではないでしょうか

養鶏場を営む小林さんも厚真町の地域おこし協力隊を経て移住したひとり。一度はすべてを失い、ゼロから農園を再建していく姿には、ローカルベンチャー事業関係者や厚真町の人々が強く励まされました。現在の飼育規模は、もうすぐ被災前の2倍の3000羽になるそうです。

▲養鶏場を営む小林さん。飼育面積は震災前の4倍となった。

人生をかけたチャレンジを町全体で応援したい

最後に厚真町役場の町長室を訪問し、宮坂町長にお話を聞かせていただきました。

「厚真町は町の存続のために危機感を持ち、いち早く移住者獲得のために動いてきた歴史があります。子育て世代に投資をし、産業の担い手に来てもらわなくてはと考え、まず地域おこし協力隊の制度を取り入れました。

厚真町で夢を叶えたい、チャレンジしたい、という人には、どんな人でもとにかく来てもらおうと、数年前からは町からのリクエスト型ではなく、起業型に切り替えて募集をしています。その人の人生に責任を持って育てていきたいという想いから、ローカルベンチャー育成の企業に仕組みづくりに入っていただき、行政としてそのサポートを手がけててきました。

ようやく芽が出始めたとき震災が起こりましたが、それでもローカルベンチャースクールの参加者の中に、ひとりとして諦める人はいませんでした。中には家を失っても、厚真町での挑戦を諦めずに事業を続ける人もいました」

そう話す町長の言葉の背景には、参加者一人ひとりに対し全力で関わってきた厚真町への信頼を感じます。さらに今後のまちづくりについてもお話いただきました。

人口4,600人しかいない町で、3人でも5人でも新たな起業家が入ってきているのはとてもすごいことと捉えています。ぜひ長期的に関わって飛躍していって欲しいです。挑戦したみなさんが複数の社員を抱えられるような、そんな事例も出てくると良いですね。今注目されている厚真町だからこそ、そのチャンスはより大きくなっていると思います。

今後も人口が増えることを見据え、環境を整えて、受け皿を増やし、次の世代にバトンを渡せるようなまちづくりをしていきたいと思います」

▲「厚真町でのチャレンジャーを受け入れていきたい」と話す宮坂町長。

取材を終えて

震災の現場に実際に足を運ぶと、今も残るその凄まじい被害の爪痕に唖然とするばかりでした。しかしまちの人々は、震災を通じた新たな縁や、次の一歩へ目を向けているのだと、その言葉や表情から感じることとなりました。

何が起こっても大事にしていることは変わらないということ、変わるものを受け入れ、さらに良くなっていこうという前向きな姿は、まちに関わるすべての人の励みになります。

人々の深い懐と可能性に満ちた厚真町。地域でのチャレンジに興味のある方は、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。

案内いただいた町役場・住民の皆さん、宮坂町長、ありがとうございました! 

厚真町ローカルベンチャースクール
https://www.a-zero.co.jp/lvslll-atsuma-lvs

▼ローカルベンチャーラボ
https://localventures.jp/

▼ローカルベンチャー協議会(事務局 NPO法人ETIC.)
https://initiative.localventures.jp/