地方創生が日本を元気にする!福岡県田川市の廃校活用プロジェクトが始動

地方創生が日本を元気にする!福岡県田川市の廃校活用プロジェクトが始動

地方創生」が日本にとって重要な課題になっていることをご存じでしょうか?

今回の取材先は、自治体と二人三脚になって地方創生を目指している株式会社BOOKの大井社長。(※余談ですが大井社長は、筆者の新卒時代〔GMOインターネットグループ〕の同期です。)

福岡県田川市に本社を構える株式会社BOOKは、田川市から依頼を受け、廃校を利活用して、音楽ビジネスを中核としたコンテンツ産業拠点を作るそうです。これから始まる廃校活用プロジェクトについて、田川市の歴史や現状を踏まえながら、お話を伺ってきました。

第1回
地方創生が日本を元気にする!福岡県田川市の廃校活用プロジェクトが始動
第2回
炭鉱の町から音楽の町へ!田川市を復活させるために30代の若者たちが動き出した。

大井 忠賢(おおい ただたか)

シリアルアントレプレナー。1982年生まれ・福岡県田川郡福智町出身。九州大学大学院MBA修了。株式会社BOOK(福岡県田川市)代表取締役、楽心堂本舗株式会社(福岡県福智町)代表取締役、インアウト株式会社(福岡市中央区)代表取締役

インタビュアー 新田 勢剛(にった せいごう)

株式会社えふなな代表取締役。 「シゴトを楽しむ、人生を楽しむ。」という理念を広めたいとの想いから当メディア「Fledge」を立ち上げる。三児のパパとしても日々奮闘中。

 

田川市
人口:48,279人(推計人口、2016年10月1日)
・・・筑豊を代表する都市の一つで、飯塚市、直方市と並んで筑豊三都に挙げられる。明治末から、田川は三井を中心とした炭鉱の街として繁栄した。炭鉱の閉山後、全盛期の半分近くまで人口は減少したが、産業構造の転換に向けた取り組みが行われている。

引用元:Wikipedia

 

田川郡
人口:76,445人(推計人口、2016年10月1日)
・・・香春町(かわらまち)、添田町(そえだまち)、糸田町(いとだまち)、川崎町(かわさきまち)、大任町(おおとうまち)、赤村(あかむら)、福智町(ふくちまち)の6町1村を含む。田川市域および郡域は1960年代までは筑豊炭田の産炭地として発展した。現在は炭鉱跡の工場団地に企業誘致を進めているが、急速な過疎化と人口減少に歯止めはかかっていない。また、財政難に瀕している自治体もあり、1992年には旧・赤池町(福智町)が財政再建団体に入り、行政が破綻する事態を招いた。

引用元:Wikipedia

 

田川市郡にある8つの自治体のうち、7つの自治体で完全失業率がワースト20位にランクインという不名誉

新田:まず今回のプロジェクトの全体像を教えてもらってもいいかな?

大井:その前に、田川市の状況から話してもいい?(笑)

新田:うん、そうしよう(笑)

大井:田川市の人口って、昭和30年前後がピークで10万人位いたんだけど、60年経った今で言うと半分の5万人なんよ。若い人がどんどん出ていって、町自体が過疎化して高齢化が進んでいく。そうなると、税収が減って、結局は地方交付税交付金に頼らざるを得なくなる。田川市だけじゃないと思うけど、地方はみんな同じような悩みを抱えてるよね。

新田:結局は行きたい学校がなかったり、就きたい仕事がなかったり、都市部は何でも揃ってて魅力的に見えちゃうから出てっちゃうよね。

大井:そうね。あと田川市ってもともと炭鉱の町だったんだけど、1960年代に入るとエネルギーが石炭から石油に代わり始めて、閉山に追い込まれちゃった。それによって、炭鉱従事者が失業に追い込まれるんだけど、国は石炭六法っていう法律を作って、手厚い生活保護で守ってくれたのよ。極端に分かりやすく言うと、炭鉱従事者は、この町から出ていくか、生活保護をもらって残るかみたいになっちゃった。ここから田川がちょっと変な方向に向かっていった感じやね。

石炭六法とは・・・石炭から石油へ燃料転換が進んだ1950~60年代、全国で相次いだ炭鉱閉山に伴う大量失業や鉱害への対応を国が旧産炭地振興策として定めた法律。


新田:そうだったんだ。炭都として成長したけど、炭都だから衰退しちゃったってことか…。

大井:そういうこと。しかも生活保護が手厚すぎたから、働かなくても生活ができる町になっちゃったんよ。それって50年位前のことなんだけど、いまだにそういう風潮が残ってるのね。だから、完全失業率が凄い高くて…ビックリすると思うけど、全国の1954ある自治体の中で、未だに田川市郡の8自治体中7自治体が完全失業率ワースト20にランクインしてるのね…。炭鉱従事者の生活を保護し過ぎたことが、結果的には田川の成長の阻害要因になっちゃったっていう。

新田:え、そこまでとは…。

大井:つまり働かない親を見て育った子どもたちは、全員とは言わないけど努力できない子になっちゃう可能性が高いよね。実際に、中学生の学習状況調査の結果を見ると、田川が断トツに低くて全国最低クラスなんよ。

新田:そうなんだ。やっぱりそう考えると、情熱を持って仕事ができる親の存在って大事なんだろうね!

大井:そういう親をもっと増やさないと田川は変われないと思う。こんな町だから、みんな胸を張って田川出身って言えないし、若い子たちはこの町を離れたがってて、福岡市とか東京とかの都市部に人が流れていってる。そういう町に、田川はなるべくしてなったと思うね。だからこそ、今、俺達みたいなのが立ち上がっていかんとダメやと思うんよ。んで、将来的に、田川に住んでる子どもたちとか、未来の子どもたちが胸を張って「田川出身です。田川が大好きです」って言える町にしたいと思ってるんよ!

廃校活用で田川市を復活させる

新田:なるほど、凄く理解できた!田川市を活性化させるために市が今回のプロジェクトに動き出したってことだよね?

大井:前置きが長くなったけど、そういうことだね(笑)今年の4月に田川市から、廃校(旧猪位金小学校)を使って、起業やクリエイティブの仕事ができる産業拠点を作りたいって話があって、運営者の公募があったのね。それにエントリーしたってこと!

新田:廃校ってどんどん増えてるもんね。

大井:そうだね。そもそも壊すのも数千万円規模で費用が発生するから、そのまま放置するケースも多いんだけど、結局年間の維持費も発生するからね。ここの廃校も、年間で200~300万円かかるみたいだよ!だから利活用が求められているんだよね。隣の添田町なんて小学校が6校あったんだけど、5校が廃校なっちゃって。全国で見たら、かなりの数が廃校になってるよね。

新田:最近は廃校の利活用も増えてきたよね。ちなみに、なんでこのプロジェクトにエントリーしようと思ったの?

大井:その質問を待ってたよ(笑)俺らって30代中盤でしょ?ビジネスマンとしてキャリアもそこそこ積んできて、でもまだ若さと体力があってさ。3年前に福岡に戻ってきて起業して、会社もそこそこ安定してきたときに、この話があったのね。もうね、俺らがやらないで誰がやるの?って思ったし、俺ら以外できる人いないでしょ?くらいに思ったね(笑)市にプレゼンしに行ったんだけど、熱くなり過ぎて涙したもんね。それくらいこのプロジェクトにかける想いは強いよ!

脱、炭都!住み続けたい町へ

新田:いやー、大井さんかっこいいね!それは田川愛が強いから?

大井:もちろん!田川の人にしか分からないかも知れないんだけど、やっぱり田川出身って言うのが恥ずかしかったのね。それは、炭鉱の町でダーティーな町のイメージがあるからなんよ。田川が持つ暗黒の歴史を、特に俺らの親世代は感じてて、それが子どもたちにも影響があったんだと思う。大学で初めて田川から出て、就職で東京に出て感じたんだけど、田川のことを馬鹿にする人もたくさんいてさ。

新田:でもそしたら田川を嫌いになっちゃわない?

大井:1回は嫌いになる(笑)でも、そんなことを言われ続けると反骨精神というか、田川はめっちゃいい町だぞ!って。

新田:なるほどね!田川をどんな町にしたいとかある?

大井:産まれ育った子どもたちが外に出ていかなくても良いように多様性のある町にしたいね。目的を持って外に出ていくことは凄く良いと思うけど、田川が好きで田川に住みたいけど、仕事がないから外に出ていくみたいなのは失くしたいよね。もっと言うと、「田川でこれをしたい!」っていう想いを持てるくらい魅力的な町にしていきたいなと。

新田:仕事をする、子育てをするってなったときに、選択肢の一つに入るためにも、魅力的な町づくりが必要なんだね!

 

第二話「炭鉱の町から音楽の町へ!田川市を復活させるために30代の若者たちが動き出した。」も引き続き、ご覧ください。

このエントリーをはてなブックマークに追加
もっと便利に!

記事のクリップを使ってオリジナルのライブラリを作りましょう。

すでにアカウントをお持ちの方
or

ソーシャルアカウントで登録/ログイン

TAGS